兄がボケました~認知症と介護と老後と「第64回 祖父母の家の家仕舞い」
兄が若年性認知症を発症してから8年以上にわたりケアを続けるライターのツガエマナミコさんが介護や老後に想い巡らせながら綴る日常エッセイ。現在は、施設で暮らす兄へ週一回の面会を欠かさぬマナミコさんですが、兄のことに加え、叔父叔母の家のことも気になるこの頃のようです。
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兄から思いがけない声かけ
確定申告の季節でございます。
しがないフリーランスにとっては還付金を受け取れるのは年に一度のボーナスのようなもの。嬉しい季節でございます。大方は市県民税(住民税)などで結局納税することになるのですが……。
パソコンで所得と経費を入力し、コンピュータが自動的に計算してくださるままに申告するのも毎年のことながら、チャッチャと済ませればいいものをグズグズ後回しにするのも毎年のこと。昨年は期限の3月15日を大幅に超え、6月になってしまったので、国民健康保険の納付がややこしいことになってしまいました。今年こそは期限までに済ませたいと思っているツガエでございます。(※2026年は3月15日が日曜日なので3月16日まで)
このところ、わたくしが面会に行くと兄はいつもベッドにおります。歩けないことはわかっていますが、車イスに座っていてくれる方がなんとなく嬉しいのは、なぜなのでしょうか。
今週もいつものようにプリンをスプーンで掬って口に運んだり、爪を切ったりしながら、歌を歌ったり、一方的に仕事の話をしたりして過ごしました。兄はほとんど目をつぶっておりましたが……。でも、帰り際思いがけない言葉を聞きました。
わたくしが「今日は帰るね。またヨーグルトとプリンを持ってくるから待っててね」というと兄から「待ってま~す」と返ってきたのです。ちょっとした感動でございました。
いつもの「いいよ」や「そうなの?」ではなかったことが新鮮でキュンとしてしまいました。
そんな中、先日の法事で会った叔母が「いよいよ動き出します」と電話をかけてきました。
現在はその叔母夫婦の住み家になっている祖父母の家をようやく処分すべく動き出すというのです。以前、ここで書いたと思いますが、築77~78年の古びた一軒家でございます。叔父が認知症になってからというもの、ゴミ屋敷化してしまい、しっかりものの叔母もお手上げ状態のあの家でございます。
2階はいつ底が抜けてもおかしくないほど軋んでいるので「処分を考えている」という話は、ずいぶん前からありました。先日、叔母(母の妹の一人)が亡くなったことで、やっと重い腰を持ち上げたようでございます。
不動産屋さまと司法書士さまに会い、いろいろとお話を聞いてきたようでございます。
30年前に祖父がなくなったときも、20年前に祖母がなくなったときも、遺産や相続には手を付けてこなかった親族一同でございまして、司法書士の先生に言わせると「珍しいですよ」とのこと。金銭にうるさい親族がいたら、きっとこうはならないのでございましょう。
しかし、長年放置してしまっただけに手続きは複雑になるようでございます。家の測量が必要だとか、解体が必要といった売却にかかるあまたの手順もさることながら、まず認知症の叔父を一旦どこかに移動させないことには話が始まらないことに叔母をはじめ親族は頭を悩ませております。なにせ叔父は広告のチラシ一枚捨てることも許さない認知症老人。しかもデイケア施設も拒否し続けていて、片づけがまったくできない状態なのです。まだ杖もなく歩けますし、頭も完全にボケているわけではない中途半端なところ。「半年ぐらい預かってくれるところないかしら」と叔母は思案しております。要介護度が絡んできたり、叔父の頑固さがやっかいですが、ケアマネジャーさまがいい案を出してくださることを祈るしかございません。
今年いっぱいは、祖父母の家の売却でいろいろありそうでございます。それほど多くないにしろ遺産が絡むと戸籍やら住民票やら役所関係の書類が山のように必要なので、孫である兄もわたくしも無関係ではございません。
兄の成年後見人になる話も出てまいりました。ずっと避けてきたお役目ですが、これも運命かなと思い、「人生経験としてやってみるか」と腹をくくったところでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ
