「親についた嘘。いまだに正解がわかりません」ノンフィクション作家・井上理津子さん 介護で痛感した“後悔と学び”とは
予告もなく始まる親の介護。「もっと優しくしておけばよかった」「本当のことを伝えられなかった」──そんな思いが、あとから胸に残ることがある。両親を立て続けに見送った経験をもつ作家・井上理津子さんが、親の介護を通して抱いた思いと、いま振り返って感じることを語る。
教えてくれた人
井上理津子さん(70)/ノンフィクション作家
あまりに突然だった、母との別れ。父に本当のことを言えなかった
「介護と呼ぶにはあまりに短い時間でしたね。母が急逝し、その4か月後に父も亡くなりました」
そう振り返るのは、井上理津子さん(70才)だ。2008年に79才の母、84才の父を続けて亡くした。
「父は亡くなる2年前から“まだら認知症”だったものの、両親はふたりで暮らしていて母の死は突然でした。夕飯の準備中に揚げ油でやけどをして救急搬送されたのですが、命にかかわる状態ではなく、念のために2、3日入院することになったんです。
もちろん普通に話もできていましたが、その翌々日に突然、肺動脈血栓塞栓症に。意識が戻らず、4日後に亡くなってしまった。父も後を追うように亡くなり、本当にあっという間でした」(井上さん・以下同)
井上さんには2つの後悔があるという。1つは、危篤状態の母の病状を父に伝えなかったことだ。
「父には“大丈夫だから”と言い続けました。父がかわいそうすぎて、本当のことを言えなかったんです。結果、亡くなったと伝えると、父は“わからん”と顔を曇らせ、もう一度説明すると“死んだということか?昔でいう心臓発作か?”と言った。母の病状の経過を伝えるべきだったと、いまでも胸が痛みます」
もう1つは、父に入所する老人ホームを「ホテル」だと嘘をついたことだ。
「体験入所をしたとき“まあまあなところやった”と言った父ですが、本入所をする日、ホームに着くと、父は小さくなった体から“いい加減にせえよ!”と大声を出しました。でも当時の父はまさかひとりで暮らせないし、引き取るという選択肢は私にも義姉にもありませんでした。父に“週末に迎えに来る”と伝えて、泣きながら帰るしかなかった。“これがベストな方法でしょ”と勇気を持って話すべきだったのか……。いまだに正解がわかりません」
週末に父を迎えに行くと上機嫌で帰宅し、戻るときにはまた怒るーーそんな日々は3か月で終わる。父の死因は肺炎だった。
親のエンディングが“聞く力”を与えてくれた
「介護と言えるほどのことはしていない」という井上さんだが、得たものは確かにあるという。
「義姉やいとこ、娘たちと一緒にホームを探して父を預け、実家を整理したくらいですが、その過程で親戚・身内の絆は深まりました。“困ったときに、こんなに頼れる人たちがいる”と気づけたことは支えになった。2024年は両親の十七回忌に、みんなで集まりました」
もう1つ、学んだことがある。
「当時の私は、“(親を見送るのは)あなただけじゃない”といった励ましがつらかった。言葉の受け止め方は人それぞれ違うからこそ、介護中や家族を亡くした人にかける言葉に慎重になりました。
人の話を聞くときは、ひたすら傾聴する姿勢を大切にする。“聞く力”は親のエンディングが与えてくれた大切な財産です」
写真/井上理津子さん提供
※女性セブン2025年12月25日・2026年1月1日号
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