102歳の現役浪曲曲師・玉川祐子さん、17歳から浪曲の世界で奮闘「東京大空襲の時も三味線だけ抱えて逃げた。与えられた宿命。辞めたいと思ったことは一度もない」
浪曲は語りを担当する浪曲師と、三味線で伴奏をつける曲師による古典芸能。102歳の玉川祐子さんは、三味線を構え今なお高座に立ち続ける現役の曲師だ。17歳で浪曲の世界に飛び込んで以来、長年曲師として演奏し続けてきた祐子さんに、その歩みを聞いた。【全3回の第1回】
子守奉公先で聴いた浪花節の虜になり、浪曲師になるため上京
――祐子さんは80年以上、曲師として活動されていますが、17歳で浪曲師の鈴木照子さんに弟子入りされています。そのいきさつは?
祐子さん:私は茨城県笠間市の貧しい家庭に生まれたの。6人も子供がいてお金もないのに、父親が酔って帰ってくるから、毎晩のように夫婦げんか。それがつらくてね。だから早く大きくなって親孝行して幸せにしなくちゃって、そのことしか頭になかったわけ。
小学校が終わると、山に行って茅を取って担いで帰るの。すると近所のおじさんが作る炭俵に必要だから、茅を買い取ってくれた。母親がそれを知ると、私に「お金をくれ」って。「貸して」じゃなくてね。そんな状態だから、小学校から一生懸命働いて、14歳になると市内の呉服店に子守奉公に出たんです。
そこの隣がたまたまレコード屋さんでね。当時は浪花節(浪曲)が盛んで、子守をしながらそれを聴いてるうちに、すっかり虜になっちゃった。東京に行って一流の浪曲師になって、お金をたくさん儲けて、親孝行しようっていうのが私の夢になったんですよ。親は反対したけど、説得して上京しました。
曲師に転向も「弾かなくていい、帰れ!」と浪曲師に睨まれ
祐子さん:その頃は浪曲事務所の住所が新聞や雑誌に載っていたから訪ねていって、「浪曲師になりたいんですけど、師匠を紹介してください」って頼んだの。それで紹介されたのが、天才浪曲師として知られていた、3歳年下の鈴木照子師匠。弟子入りして、一流にならなくちゃいけないと思って一生懸命やったんだけど、私の声は“硬く”てね。
舞台に立つことはできたけれど、「あなたの声は金にならない」と言われてしまった。浪曲が大好きだったから、ショックでした。三味線を学んで曲師になるか、田舎に帰るかって選択を迫られて、それで三味線弾きになる決意をした。
――曲師への転向は大変でしたか?
祐子さん:そりゃあもう苦労しましたよ。三味線を持ったこともないでしょ。それを弾くんだから。他の方の三味線をたくさん聴いて、何日も朝から晩まで練習してね、それでも思うように弾けませんでした。
なんとか形になって舞台に出るでしょ。浪曲師に合わせて三味線を弾くんだけど、ちょっと音が気に入らないと浪曲師が睨みつけてくるの。「弾かなくていい、帰れ!」と言われたこともありました。お客さんに「下手な三味線だな」って野次られたりもね。お客さんのほうが音を知ってるんだ。
浪曲師が何人も続くと、人によってクセも音程も違うから、そのたびに調弦しなくちゃいけなくて。すぐ次が始まるから、音を合わせるのも大変でした。三味線って調子が狂いやすい楽器なんです。関東節と関西節があって、それもまた調子がすごく違う。それを連続ですると、例えば高い調子に直しても下がってきちゃうの。そうして合わなくなると睨まれたりするわけ。
いつまでも曲師を続けることが最高の幸せ
――100歳を超えると、視力や聴力が落ちて演奏するのは大変そうですね。
祐子さん:そりゃあ補聴器を入れているし、右目は光くらいしかわからないから少しは苦労しますけど、三味線は私の大切なパートナーだから。戦争中も巡業をしていて、東京大空襲にあってね、三味線だけ抱えて逃げたくらい。この三味線も50年以上愛用しています。
曲師は私が与えられた宿命だと思っています。辞めたいと思ったことは一度もない。今でも浅草にある浪曲の定席・木馬亭には、バスを乗り継いで月1、2回ほど通っています。
――2022年9月の独演会『百寿記念公演』は大盛況で、浪曲も披露されたとか。
祐子さん:木馬亭ではその日に限らず、三味線だけでなく浪曲もやることがあるんですよ。浪曲師になりたくてこの世界に飛び込んだんだから、浪曲を披露できるのは嬉しいものです。あの日はたくさんのお客さんがいらしてくださって、ありがたかった。いつまでも曲師を続けていけたら最高に幸せです。
◆曲師・玉川祐子
たまがわ・ゆうこ/1922年(大正11年)10月1日、茨城県生まれ。昭和15年(1940年)、17歳で浪曲師・鈴木照子に入門。初舞台は昭和16年(1941年)、三ノ輪の三友亭。翌年、曲師に転向して高野りよの名で活動。昭和50年(1975年)に浪曲師・玉川桃太郎と再婚し「玉川祐子」に改名。著書に『100歳で現役!女性曲師の波瀾万丈人生』(光文社)がある。
撮影/小山志麻 取材・文/小山内麗香