認知症の母が言葉を失っていく…かつて同じ話を何度も聞かされた息子が思いを吐露「”うんざり”から”寂しさ”に変わった」
岩手・盛岡で暮らす認知症の母を遠距離介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。かつて料理が得意だった母、おしゃべりも大好きだった母だが、認知症発症から10年以上経過し、その様子は変化している。かつて「ありもしない話をする」「同じ話を繰り返す」母との会話でイライラを募らせていたが…。認知症介護における”コミュニケーション”についてのエピソードだ。
執筆/工藤広伸(くどうひろのぶ)
介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(82才・要介護4)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。最新著『工藤さんが教える 遠距離介護73のヒント』。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/ Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442
認知症介護13年目の思い「母との会話を振り返る」
母がアルツハイマー型認知症と診断されたのは、2013年4月。もうすぐ13年になりますが、母は今も自宅で生活を続けています。介護保険サービスでプロの力を借りながら、わたしは東京から岩手への遠距離介護を継続中です。
母の認知症が重度まで進行した今、ある気づきを得ました。認知症介護で悩んでいる皆さんに、ぜひお伝えしたいと思います。
母は、実際には起きていない出来事を事実のように話す「作話(さくわ)」が多くありました。たとえば、
母:「今日ね、先生が突然家に来たのよ。ハンコくださいって」
わたし:「先生って、お医者さん?」
母:「そう!急に来るからびっくりしちゃった」
医師がハンコをもらうだけのために、自宅に来るはずがありません。母の作話と思いつつも、念のため医師に確認すると事実ではありませんでした。
他にも「お隣の旦那さんが亡くなって、黒と白の幕が張ってあった」と言うので、気になって民生委員さんに確認すると、「お元気ですよ」と言われ驚いたこともあります。
母の作話に振り回された時期もありましたが、最近はお隣の名前やハンコという言葉自体を忘れてしまったようで、話さなくなってしまいました。
10年以上聞かされた母の「自慢話」
同じ話を何度も繰り返す母に対しても、わたしは大きなストレスを抱えていました。母は自分の家が道路沿いではなく、少し奥まった場所にあることが自慢でした。
母:「うちは奥にあるからいいけど、道路沿いのご近所は車の音でうるさいでしょ」
ご近所さんの家の前の道路は1車線で、あまり車は通らないので道路沿いでも静かです。事実を伝えると母が不機嫌になるので言いませんでしたが、母の自慢話は10年以上も続きました。
あまりにも何度も繰り返すので、わたしは「もういいかげんにして!」と怒鳴ってしまうこともあり、何度もケンカになりました。しかし、そのたびに後悔し自己嫌悪に陥る日々でした。ところが、何百回と繰り返してきた自慢話をしようとすると、今の母はこうなります。
母:「ほら…道路の…車が…静かでしょ…」
昔のように、言葉が出てきません。母のそばにずっといたわたしは、いつもの自慢話だと気づくのですが、他の人が聞いたら何を言っているのかわからないと思います。
「うんざり」と「寂しさ」の間で揺れ動く心
あれだけうんざりしていた母の自慢話を二度と聞けないかもしれないと思うと、どこか寂しいと感じるから不思議です。
ストレスを感じていた自慢話からやっと解放されてうれしいはずなのに、寂しさも感じている自分に正直驚いています。13年近く介護を続けてきて、こんな複雑な気持ちになるとは思いませんでした。
母の話は言葉が足りていないので、作話になっていませんし、同じ話の繰り返しにもなっていません。だから話を聞く側のわたしのストレスも減り、介護者としてはだいぶ気がラクにはなったのですが、どこか物足りないと思う日もあります。
また作話の間違いや、同じ話の繰り返しに「さっきも言ったでしょ!」と指摘しても、母はおそらく理解できません。指摘する必要がなくなったおかげで、母とのケンカは激減しました。
それでも母は、息子であるわたしに何かを伝えたいようで、色々と話しかけてきます。そんなときは決まって、
「そうだね、うんうん」
と、相槌を打つようにしています。ただの空返事ですが、母は話が通じたと思うようで笑顔になります。以前のように言葉は出てこなくても、誰かと話したい意欲はあるようなので、その気持ちは尊重してあげたいと思っています。
同じ話の繰り返しでストレスを抱えている介護者の皆さまへ
認知症の親が同じ話を何度も繰り返して、イライラしている介護者は全国にたくさんいると思います。この場合の対処法として、認知症の親の言うことを否定せずに、受け流すとよいと本などには書いてあります。
母の介護が始まってすぐの頃、この対処法を試してみたのですがうまくいきませんでした。おそらく話の内容がしっかりしていたから、うまく受け流せなかったのだと思います。
まだ「指摘すれば理解してくれるかもしれない」という期待があったからこそ、母と余計なケンカを繰り返していたのかもしれません。
重度の認知症になった母に対して、わたしがしている今の対応は、自然と話を否定せずに受け流すようになっています。母の話す内容が少しずつ曖昧になっていったことで、対処法が身についたのかもしれません。
最近は、「同じ話を何度も繰り返すことも、残された能力のひとつかもしれない」と思えるようになりました。いずれ同じ話すらできなくなるかもしれない未来を想像してみると、さらに気持ちが穏やかになり、イライラもスーッと引いていくかもしれません。5年前の自分に教えてあげたいです。
今日もしれっと、しれっと。
