《自然の風景写真を見るだけでもOK》脳科学が解き明かした「自然」が脳にもたらす影響「緑がある場所に30分いるだけでポジティブになれる」
壮大な山々を眺めることから、公園での散歩、部屋に置く小さな観葉植物まで。自然は私たちの脳と心を癒してくれるようだ。
スイス在住の医師・平井麻依子さんが、世界の脳科学のエビデンスを自分の脳で実験したことをまとめた『「脳にいいこと」すべて試して1冊にまとめてみた』(サンマーク出版)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
教えてくれた人
医師・平井麻依子さん
東京・新宿区出身。スイス在住の医師。群馬大学医学部卒業、及び、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院修了。 修了後、世界保健機関(WHO)に就職。その後、外資系コンサルティングファームで、日本、マレーシア、UAE、イギリス、スイスのオフィスにて勤務。医薬品医療機器分野のイノベーション戦略を担当。本当に患者のためになる新しいイノベーションの原石を探し、その可能性を最大化することにパッションを感じる。患者中心の医療に関する出版物・講演多数。2023年、イギリス出張中に視野に異常をきたし緊急入院。その後、脳腫瘍と診断される。スイス・アメリカにて闘病生活を送る。1年で職場に復帰し、現在、自身の体験をもとに、ヨーロッパ最大の脳腫瘍に関わる非営利機関での活動をしている。趣味は、スイスの湖での水泳と山でのハイキング。
スイスで学んだ、自然が脳にもたらす影響
スイスでは、病気になって退院すると山間部にある別荘で過ごすというのが一般的。これは、裕福な国だからこそできることなのですが……。
でも、これはとても理にかなっていることなのです。
スイスのアルプス山脈の頂上から360度に広がる空と、山々のつながりを想像してみてください。
このような大自然の中で自分の存在を認識することを脳科学では、オウ体験(Awe体験)と呼びます。オウ体験についての研究では、心身共にさまざまな素晴らしい効果が実証されています。
カナダ・トロント大学のジェニファー・ステラ博士らの研究では、オウ体験を頻繁にしている人はインターロイキン6の数値が低く保たれているという結果が出ています。
インターロイキン6は、身体が慢性的な炎症を起こしているときに出るものです。インターロイキン6の数値が下がっている状態というのは、身体によく、寿命を延ばすことにつながります。
このように、身体が弱っているとき、またはストレス下にある手術後、スイスの人が大自然の中で過ごすというのはとても理にかなっていることです。
緑がある場所に30分いるだけでポジティブになれる
病院、特にヨーロッパでは、中庭や緑のあるところが増えてきています。
フィンランド・ヘルシンキ大学のリサ・ティルヴァイネン博士が実施した調査では、77人の参加者を対象に3つの異なる場所──都心、整備された公園、都市林で過ごしてもらいました。
どの場所の被験者にも、30分間のんびりとそれぞれの場所で散歩してもらいました。
その後、気分に関するアンケートに答えてもらい、唾液を採取し、血圧と心拍数を測定しました。
結果を比べると、自然の中で過ごすことの効果が見られました。
それぞれの場所に行く前と比べて、都心で過ごした人はストレスが解消したという感覚がほとんど得られなかったのに対し、公園や都市林の中で過ごした人には変化が現れました。
緑がある場所で過ごす時間が長くなればなるほど、気持ちが上を向いたと答える人が増え、公園や都市林で過ごした人は、都心で過ごした人よりも気分が20%上がりました。
緑のある場所で過ごした人は気持ちがポジティブになり、ネガティブな感情が減り、創造性も上がったということです。
客観的な測定値では、すべての場所でコルチゾールが減りました。
緑がある場所に30分間いるだけ。これだけで、ポジティブな気持ちになれることが脳科学的に示されているのです。
わざわざ森に行かなくても、緑のある場所、つまり、通勤・通学時に公園を通るだけでも、その効果は確実に得られるということです。
ちなみに、私もコロナ禍の後に、友人の一部(特に医療従事者)が混んでいるレストランなどをあまり好まなかったため、公園で散歩したり、ピクニックをしたりしながらキャッチアップする時間が増えました。
最初は感染対策、運動不足やビタミンD不足の解消などを目的としていました。
ですが、緑の中で散歩することはストレスレベルを軽減させ、脳にもよいので、いまでは積極的にこのようなアウトドア・キャッチアップを行っています。
観葉植物や自然の写真で脳を活性化させよう
もちろん、私のように幸運にも大自然に囲まれて生活している人もいると思いますが、そうではない人もいるでしょう。
しかし、オランダ・アムステルダム大学のミヒール・ファン・エルク博士らの研究によると、大自然の広大さや美しさが感じられる動画を見ることでも、程度は小さくてもオウ体験ができることが立証されました。また、家の中に小さな緑を置くことも有効です。
韓国・ウォングァン大学のキム・テフン博士の研究によると、自然の風景写真を見せた被験者と、都会の写真を見せた被験者では、MRIでその活性化に差があったということです。
自然の中にいると、前頭前野の酸化ヘモグロビン(血液中の酸素を運搬するヘモグロビン)濃度が低下し、その領域への血流量が下がります。そして、前頭前野に行くはずだった血液が、島皮質や前帯状皮質といった快楽、共感、のびのびとした思考などを司る場所に行くとされています。
自然の風景写真を見ることでも、同じようなことが起きたのです。
また、都会の写真を見せると、ストレスに大きく関わる扁桃体に血液が流れ込みました。
ちなみに、私がよく行く歯科医には、天井にスクリーンがあり、そこに院長が撮った大自然の写真がスライドショーとして流れています。それを見ながら治療を受けることができます。
彼いわく、こういった自然の写真を見ると、患者が自分のエゴをなくして謙虚な気持ちになるのか、多少痛くても文句を言われることが少なくなったとか。
都会に住んでいるビジネスパーソンには、30分、毎日緑がある場所に行くというのは難しいかもしれません。
ですが、家やオフィスに観葉植物や自然の写真を置くというだけでもその効果が得られるのなら、試してみない手はないでしょう。