女性に増えている息切れの正体を専門家が解説【呼吸と姿勢を改善する「呼吸筋ストレッチ」付き】
「何もしていないのに息苦しい」「少し歩いただけで息切れがする」。そんな小さな呼吸の不調でも、放置すると体と心に悪影響が及ぶことがあるという。息切れの正体と息切れを改善し、よい呼吸に導く運動法を専門医に聞いた。
教えてくれた人
松野圭さん/呼吸器内科医
順天堂東京江東高齢者医療センターの「息切れ外来」で、息切れ患者の診察にあたっている。順天堂大学医学部呼吸器内科学、同学部スポーツ医学研究室准教授。呼吸筋ストレッチ体操指導士として各地で指導も行う。
運動不足だと呼吸が浅くなる?
呼吸器や心臓(循環器)に持病がなければ、息切れを深刻にとらえる人は少なそう……。
「ところが、コロナ禍以降、持病の有無にかかわらず『息切れが気になる』と来院される人が増えました」
呼吸器内科医の松野圭さんは、そう振り返る。
診断の結果はというと、コロナの後遺症やそのほかの疾病が見つかることはもちろんだが、多くの場合、「運動不足」や「呼吸の浅さ」が息切れを引き起こしていたという。
「ステイホームを余儀なくされ、多くの人が運動不足となりました。特に、日常的に体を動かしていなかった人たちは筋力が顕著に低下し、息切れを起こしやすくなったと考えられます」(松野さん・以下同)
実際、呼吸器疾患のある患者の間でも、持病はさほど悪化しておらず、運動指導で改善した例が多かった。
なぜ、運動不足と呼吸の浅さが息切れを招くのか?
息切れの正体【1】運動不足による筋力低下
筋肉と息切れの関連については、下図の「ワッサーマンの歯車」と呼ばれる呼吸と循環の仕組み図を見るとわかりやすい。
呼吸と循環の仕組みを「ワッサーマンの歯車」で解説
息を吸って肺に取り込まれた酸素は、血流に乗って心臓に届き、心臓のポンプ作用により全身に送られる。最後に筋肉に届けられ、筋肉内に存在するミトコンドリアという小器官を通じてエネルギーを産生し、代謝産物である二酸化炭素は、酸素とは逆の順番で移動し、息を吐くことで体外へ排出される。
体は『筋肉』『心臓』『肺』がかみ合って動いている
「呼吸が『酸素を取り込んで二酸化炭素を出す』仕組みだというのは、誰もが知っていますよね。もう少し詳しく言うと、肺に取り込まれた酸素が心臓のポンプ機能で全身に送られ、筋肉の細胞に届いて体を動かすためのエネルギーに変換されます。そして、エネルギー変換の際に産出された二酸化炭素が、息となって体外に排出される。この繰り返しが呼吸です」
呼吸と人体はガソリン車にたとえられる。ガソリン(酸素)を燃焼させて車(体)を動かし、使われたガソリンは排気ガス(二酸化炭素)となって排出されるというものだ。
「そのために必要なのが『筋肉』『心臓』『肺』です。この3つが歯車のようにかみ合って動くことで、初めて体を動かせるのです。ところが、筋肉量が減ってしまうと、少ない筋肉で歯車を回さなければならなくなるため、心臓や肺への負担も増え、自転車操業のような慌ただしい循環に……。その結果、少し動いただけでも息切れが起きるようになるのです」
運動不足で全身の筋肉が落ちてくると、将来的に衣服の着替えにも息が切れるといった「サルコペニア(※)」のリスクも危惧される。
「加齢による筋力低下は避けられませんが、生きるベースとなる“呼吸力”まで減らさないよう、筋力維持は不可欠です。世の中が便利になればなるほど人間の身体機能は落ちてしまいます。便利なものに頼りすぎず、なるべく階段を使う、歩くなど、こまめに体を動かすことを意識していただきたいですね」
去る10月にスポーツ庁が各世代を対象に行った「体力・運動能力調査」(令和5年度)によると、特に30〜40代女性の約4割が運動不足で、体力測定の点も低下傾向にあったというから、若い世代でも油断は禁物だ。
※「サルコペニア」とは、高齢期に、活動不足・栄養不良などにより筋肉量や筋力が低下すること。
息切れの正体【2】速く浅い呼吸
マスク生活で浅い呼吸に陥ることも、息切れ患者が増えた理由の1つだ。ところで、浅い呼吸とは具体的にどんな呼吸なのか?
「主に『口呼吸』を指します。人間の呼吸は、生理的に鼻で吸って鼻から吐くのが基本。『呼吸は鼻、食べるのは口』というのが本来の役割です。しかし、マスクのつけっぱなしなどで息苦しさを感じると、ゆっくりとしか吸えない鼻呼吸よりも、手っ取り早く酸素が取り込める『口呼吸』の方が楽ですから、それが習慣化してしまったのでしょう」
口呼吸は鼻呼吸に比べると速く、浅くなる。その分、呼吸の回数が多くなって息切れや息苦しさを引き起こすのだという。
「ちなみに、人間は、進化の過程で四足歩行から立ち上がって二足歩行になり、喉の構造が変化しました。その結果、四足歩行ではできなかった口呼吸が可能となりました。体の構造の変化で、人間はしゃべる能力を手に入れましたが、呼吸に限っていえば、デメリットだったと思います」
鼻が持つバリア機能が活用されないのも問題だ。
「鼻呼吸では鼻毛がフィルターとなってほこりやばい菌をキャッチし、きれいな空気を肺に届けてくれるうえ、湿度も保ってくれますが、口呼吸はそれらをダイレクトに肺に送ってしまいます。さらに、口を開けっぱなしにすると口内の粘膜が乾くため、ばい菌に対するバリア機能が落ちて風邪をひきやすくなります」
息切れの正体【3】息切れにもいい、悪いがある
では、どの程度の息切れが要注意ゾーンなのか。
「診断の基準となる息切れの段階があります(下記「あなたの“息切れ”はいい? 悪い?」参照)。
運動などきつめの動作で起きる息切れは、筋肉が頑張って酸素を使い、二酸化炭素を吐き出している証。
しかし、平坦な道を数分歩くだけで息が切れる、同年代の人の歩行スピードについていけないという場合は“悪い息切れ”の可能性が。
息切れが続く時間もポイントです。たとえば、長い階段を上った後、ハァハァと上がる息が30秒〜1分程度で収まる場合は大丈夫ですが、5〜10分以上経ってもまだ息が切れるときは、病気が隠れている可能性があるため、医療機関を受診することをおすすめします」
あなたの“息切れ”はいい? 悪い? チェック表
医師も息切れの評価基準として使っているチェック表で、自分の体を確認してみよう。
<Grade 0>
激しい運動をしたときだけ息切れがある
<Grade 1>
平坦な道を早足で歩く、あるいは緩やかな上り坂を歩くときに息切れがある
<Grade 2>
息切れがあるので、同年代の人よりも平坦な道を歩くのが遅い、あるいは平坦な道を自分のペースで歩いているとき、息切れのために立ち止まることがある
<Grade 3>
平坦な道を約100m、あるいは数分歩くと息切れのため立ち止まる
<Grade 4>
息切れがひどく家から出られない、あるいは衣服の着替えをするときにも息切れがある
★注意するべきポイント
<Grade 2>以上の場合は“悪い息切れ”の可能性あり。一度、呼吸器内科での受診を!
※出典:mMRC息切れスケール Bestall JC, Paul EA, Garrod R, Garnham R, Jones PW, Wedzicha JA : Usefulness of the Medical Research Council (MRC)dyspnoea scale as measure of disability in patients with chronic obstructive pulmonary disease. Thorax 1999 ; 54 : 581-586
1回10秒3セットで簡単!よい呼吸に導く「呼吸筋ストレッチ」
呼吸をするためには、10以上もの筋肉が使われている(下図参照)。
「これらの筋肉をほぐし、よい呼吸に導く『呼吸筋ストレッチ』は、東京有明医療大学学長の本間生夫先生が開発したもので、私自身も実践し、呼吸と姿勢が改善しました」(松野さん)
ストレッチ前に、胸と腹に手を置き、スマホのタイマー機能を使って1分間呼吸数を測ってみよう(呼吸は往復で1回)。個人差はあるが、一般的な呼吸数は15回/分前後。ストレッチ後に息を整えて再度計測を。ストレッチ前よりゆっくりと平坦な呼吸に変化しているはずだ。ストレッチ中は自然な呼吸で、「4秒で吸い、6秒で吐く」を意識して。
呼吸をするには、これだけの筋肉が必要!
<吸息筋>
A:胸鎖乳突筋(きょうさにゅうとつきん)
B:斜角筋
C:僧帽筋(そうぼうきん)
D:傍胸骨内肋間筋(ぼうきょうこつないりょくかんきん)
E:外肋間筋(がいろっかんきん)
<呼息筋(こそくきん)>
F:内肋間筋
G:外腹斜筋
H:内腹斜筋
I:腹横筋
J:腹直筋
※出典:NPO法人安らぎ呼吸プロジェクト
<呼吸筋ストレッチ1>ウオーミングアップ
呼吸筋ストレッチは、就寝前や起床後、緊張をほぐしたいときにも◎。椅子に座って行っても効果は同じです!
1】肩の力を抜き、両足を肩幅に開く。
【2】「1、2、3、4」と4秒くらいのペースを心で数えながら息を吸い、ゆっくり肩を上げる。
【3】【2】と同様、「5、6、7、8、9、10」と6秒くらいのペースで息を吐きながらゆっくり肩を下げる。
【Point!】
「吸うときは鼻から吸い、吐くときは“スーッ”と音に出して口から吐くとやりやすいです」(松野さん・以下同)
<呼吸筋ストレッチ2>体幹のストレッチ
【1】頭の後ろで両手を組み、「1〜4」の4秒ペースでゆっくりと息を吸う。
【2】「5〜10」の6秒ペースでゆっくりと息を吐きながら両手を真上に伸ばす。手の甲は上に向け、背筋を伸ばしきる意識で!
【3】ゆっくりと呼吸を整えながら【1】の姿勢に戻る。
【Point!】
「組んだ両手をまっすぐ上に伸ばすことで、体幹を広範囲にストレッチ。猫背でふさがった胸まわりが気持ちよく開きます」
<呼吸筋ストレッチ3>背中のストレッチ
【1】胸の前で両手を組み、「1〜4」の4秒ペースでゆっくりと息を吸ってから、「5〜10」でゆっくりと息を吐く。
【2】息をゆっくりと吸いながら両手を前に伸ばして背中を丸めていく。そのとき、かかとに重心を置き、ひざを軽く曲げる。
【3】お腹をへこませて大きなボールを抱えるイメージで引き続き息を吸い、左右の肩甲骨を大きく広げる。
【4】【2】と【3】を「1〜4」の4秒ペースで行う。そして、「5〜10」の6秒ペースで息を吐きながら【1】の姿勢に戻る。
【Point!】
「背骨に沿って伸びる脊柱起立筋をストレッチ。背中まわりがほぐされ、姿勢の矯正にも役立ちます」
イラスト/うつみちはる 写真/PIXTA
※女性セブン2024年11月14日号
https://josei7.com
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