上皇さまのお言葉を胸に「献上米農家」が米作りにかける想い
神々に新穀をお供えし、その恵みに感謝することで、国家安泰・国民の繁栄を願う宮中祭祀(さいし)「新嘗祭(にいなめさい)」。お供えされる「献上米」を全国各地の農家のみなさんが、丹精込めて育てている。献上農家に選ばれた方に、その想いと努力についてお伺いした。
教えてくれた人
荻野浩さん/2023年献穀者
埼玉県本庄市で農業を営む。早稲田大学や県内のベンチャー企業とともに「ソフトスチーム米」の開発に参加するなど地域貢献・米食普及に積極的。
上皇さまのお言葉を胸に「献上農家」になるまで
「稲っていうのは特別。人間とずっと一緒にいてくれる“仲間”みたいなものですよ」
そう語るのは、2023年に献上農家に選ばれた荻野(おぎの)浩さん。父親の代から始めた農業を継いで42年、米43ha、麦45ha、野菜8haを耕作する、地域を代表する大農家だ。
「誰かの真似をしていたんじゃ、規模も収量も増えない。だから自分なりに試行錯誤して失敗を重ねながら、うちにあった作付けを覚えていきました」(荻野さん・以下同)
日頃、気になる田んぼや畑を見かけたら「こんにちは!」と声をかけ、教えを請うこともあるという。逆に相談されたら惜しみなく答え、近隣農家の収穫を手伝ってきた。そうしていまでは「米といえば荻野」といわれるほど地域から頼られる存在となった。
2023年の献上農家に選ばれたのも必然といえる。
「最初にJAから話が来たときは一度断ったんです。もちろんうれしい気持ちはあったけど、自分より実績のある先輩たちがたくさんいるので。でも先輩がたが『お前が適任だから』って言ってくれて、引き受けることになりました」
献上米には2014年に誕生した埼玉県のブランド米『彩(さい)のきずな』が選ばれた。夏の高温が問題になっていた埼玉で、暑さに強く、おいしくて病気や害虫に強い稲として開発された品種だ。
「丈夫なイメージがあるかもしれませんが、実は『彩のきずな』はすごくデリケート。暑さに強い分、冷夏のときには弱いし、いもち病(稲の病気)にもかかる。しかも、“中干し”といって田んぼの水を抜く期間を見誤ると、穂が育たなくなってしまうんです」
さらに献上米となれば最大限の注意が必要となる。県やJA職員が週に1回の頻度で確認しながらその生育を見守ってきたという。
「もともとうちは同じ地域の農家の半分ほどの、減農薬・減化学肥料で育てているんですが、献上米の田んぼには除草剤を一切使いませんでした。台風が来るといてもたってもいられなくなって『倒れるな!』『頑張れよ!』と、雨の中で声をかけに田んぼに行っていました(笑い)」
無事に収穫し精米した後も虫食いや乳白になっているものがないか、ピンセットで1粒ずつ確認するそうだ。通常の精米に比べるとその手間は何十倍、何百倍になるだろう。
「自分からしたら手間じゃなくて気持ちを伝える時間が増えたっていう感覚。稲穂に『おめえが行くことになるんかな?』と話しかけながらやっていましたね」
そう話す荻野さんの表情は優しい。取材中も「今年の暑さで熱中症にかかっちゃったな」と、稲に話しかけていた。そして「これもご縁かな」とつぶやいた。
「実は18才のとき、埼玉の園芸試験場に上皇さまがいらっしゃって、話しかけられたことがあるんです。『ここを卒業してからも農業をするんですか』とか『これからも一生懸命作ってくださいね』とかちょっとした会話だったけど、なんて優しくて腰が低くてオーラがあるかたなんだろうって驚いたんですよ。だからいつかまた上皇さまや天皇陛下にお会いしたいと思っていたし、そういう気持ちがあったから献上農家を引き受けた部分もありました。去年はコロナの影響で皇居には行けなかったけど、自分が育てたお米を味わっていただけたのなら、これ以上うれしいことはないですね」
撮影/菅井淳子
※女性セブン2024年10月24日・31日号
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