連載

86才、一人暮らし。ああ、快適なり「第48回 永遠のロマン」

 86才の矢崎泰久さんは、自ら望んで家族と離れ暮らしている。伝説のカルチャー雑誌『話の特集』の編集長を創刊から30年にわたり務めてきた矢崎氏には、ジャーナリストとしての矜持があり、常に世に問題を提起し続けてきた。

 矢崎氏に人生観、ライフスタイルなどを連載で寄稿いただくシリーズ、今回のテーマは「ロマン」だ。

 * * *

映画『男と女』を久しぶりに観た

 不朽の名作、クロード・ルルーシュ監督のフランス映画『男と女』を久しぶりにTVで観た。そして、改めて感動した。

 全編フランシス・レイの音楽が流れる美しい映像に痺れたのだ。

 シャバダバダ、シャバダバダ。バラードが骨の髄に達する思いがした。

『男と女』が日本で封切られたのは、1966年だった。私が雑誌『話の特集』を創刊した翌年のことだ。

 主演のアヌーク・エイメとジャン・ルイ・トランティニャンは、ずっと画面に存在しているのに、あまり言葉を交わさない。見つめたり、思案したりしている。そこに深度がある。

 愛や情念は、とうてい言葉では伝えられない。そのことを痛切に思い知らせる。

 現代は、つくづくロマンを失った時代である。その証拠にスマホを使って、SNSなどでどんどん自分の意を伝え、互いに交換することで安心する。その結果、言葉が軽くなっていく。

 秘めたるものは一切なく、公開が原則にすらなっているようである。こんなつまらない時代が、かつてあっただろうか。

 そのロマンをルルーシュは覚醒させてくれた。男女の交流は古代から現代に至るまで、多くのミステリーやサプライズを含んでいる。しかし、その表現は時代と共に変遷して今日に至ったように思う。

「元始、女は太陽だった。」平塚らいてうは、女性優位を高らかに宣言した。『青鞜※』は、団子坂にあった私の伯父の家で創刊されている。いわば、女性による日本最初の独立宣言だった。

※1911年9月から 1916年2月まで52冊発行された、女性による月刊誌。

 むろん、明治時代では、強烈なアピールだった。中世以降の日本の社会は、家長制による男権が尊重され、女性は良妻賢母であることが求められ、それが定着していた。もっともカカア天下の地域がなかったわけではない。

 そうした場所では、開放的な女性が男たちを支配することで、自由闊達な環境が広がっている。九州の熊本、土佐の高知、上州の空っ風に鍛えられた女たちが、男を圧倒して一時代を画したりもしている。男勝りが、大いに地域を活性化させたのである。歴史的にも女性解放への大きな基盤を作ったとされている。風土の影響は非凡な女性を輩出した。

かつてあったロマンは何処へ消えてしまったのか

 セクシャル・ハラスメントという言葉がどれくらい前からあったのか知らないが、ウーマンリブ運動と関係があるような気がする。

 セクハラは、いまや話題として、リブを上回っている。ある意味では仕方のない帰結だったと認めながらも、かつてあったロマンは何処へ消えてしまったのかと、落ち込んでしまう。

 ルルーシュの映画で表現されている、不確かな愛には、ロマンは欠くことの出来ない男女間の体験に他ならない。あるようでなく、ないようである、ごくあいまいな男女の情愛は、永遠なロマンであると私は信じて疑わない。

 それを一方的に拒んでしまう論理は、どこかにファシズムの影が垣間見える。ねばならない、かくあるべき、という決めつけが情念を根こそぎ否定する。やはり、どこか危険に思えてならない。

 古今東西の書物や、階級社会時代の名画には、古臭く錆だらけの思想がこびり付いている。しかし、その芸術的価値は、絶対に滅びるものではない。全否定による観念の固定は、豊かな人間の情念を破壊する。そのことだけは、はっきりしておきたい。感性を流行による犠牲にしてはならないと思う。

 元気な老人が集まって、青春を懐かしむのは好きではないが、老人社会の一員として生きる限り、永遠のロマンを軽視する気持ちは、それこそ1ミリもないのではないだろか。

 ロマンに生きる。その覚悟は、やがて果てるであろう貴重な精神と肉体の最後をしっかり見届ける為の大切な要素であると思う。

 現代は生きるに値するのかどうか。束縛を受けることのない発想と思想の自由は失ってはならないのではないか。やっぱり男と女は永遠のたテーマとして残るに違いない。

「ルルーシュよ、永遠なれ!」と、私は一人膝を抱えながら、念じている今日この頃である。

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

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1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

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