連載

86才、一人暮らし。ああ、快適なり「第45回 悔いてなんぼ」

 ジャーナリストで作家の矢崎泰久さんは、現在86才だ。あえて、家族と離れ一人暮らしを続けている。

 伝説のカルチャー雑誌『話の特集』を創刊し、30年にわたり編集長を続けてきた矢崎氏は、作家、文化人、音楽家などの幅広い人脈と長年交流しながら、ラジオ、舞台、CMのプロデューサーとしても手腕を発揮してきた。

 歳を重ねてなお貫く生き方や、人生観などを矢崎氏に綴っていただき連載でお届けする。

 * * *

実は挫折が多かった

 悔いのない人生なんて、絶対にないと思う。多かれ少なかれ、人生は失敗と反省の上に成り立っているように思われてならない。

 ハタから見ると、好き勝手、自由奔放に見えても、当人は試行錯誤を重ね、なかなか決断が出来ない、だらしのない人間だと悔やんでばかりいる。それが実情なのである。

「羨ましいな。先輩ほど楽しい人生を送られた人って、他にいないんじゃないですか」

 そんなことを言う人が結構少なくない。

 そんな風に見えるとしたら、恐らくは、私が泣き言を滅多に口にしないからかも知れない。つまり、単に負けず嫌いなのだ。

 あれをしたい、これもしたいと思っても、やれることは限られている。若い内は実力も不足している。どれかひとつ選択しなくてはならない時もある。

 さんざん迷って決断しても、挫折する場合が多かった。それでもメゲないでいると、少しずつ思い通りの方向が見えてくる。そこまでの辛抱が大切なのだ。

 結果的に成果が上がると、容易にそこまで達したように見えるのだろう。

 喝采(かっさい)を浴びて、得意満面になる。つまり、成功の甘い香りに酔ったりもする。しかし、結果が出た時には、すでにそれは終わっているのであって、次は何をするかを決めていなければならない。

 常に次の一手が大切なのだ。そのことがわかるまでには、ずいぶん時間がかかった。

 出版界にそれまでなかった新しい雑誌を作り、ようやく軌道に乗せた。それに付随して、ラジオ、テレビ、舞台などのメディアから声がかかり、いわゆるメディアミックスという宝の山に到達した。そこでは自由な発想を求められた。いくらでも冒険が出来たのである。

 武道館での『中年ご三家』公演、テレビ『遠くへ行きたい』プロデュースなどで認められたことがキッカケになって、映画、演劇、CMなどの様々な分野で、新企画を発表し、大きな収益を得ることが出来た。

 それでも実際には、自分のやりたいことの10分1ぐらいしか手がけることが出来なかった。いささかも納得することはなかったかのである。

 つまるところ、栄光に輝いているかに、世間からは受け止められた数々の仕事の裏では、自分なりに苦汁の日々を送っていた。

 私にとっての分岐点があった。
 
 権力と組んで、大きな仕事を受けるか。それとも生活者と共に、新しい冒険に挑むかだった。

 前者の道を選べば、一気に権威の座にかけ登っていただろう。しかし、私は、後者への道を選んだ。

志のある生き方が大切

 私が市民運動に身を投じたのは、人生に妥協しなかったからである。その意味では、いささかも悔いはない。

「こころざしおとろへし日は、いかにせましな」

 三好達治という詩人が詠んでいる。

 人には志がある。もちろん、若い頃にはだれもがそれを持っている。やがて世間の荒波にもまれる内に、志では生きられないと教えられる。

 名より実を求める。生きるためには、それも仕方ないかも知れない。

 でも、一生、志を忘れない人間だっているのである。現代こそ、それを大事にしなくてはならないような気がする。

 もちろんチャンレンジ精神が旺盛な人もいる。しかし、安全を求める人が次第に多くなっているのではないかと思う。

 安定した毎日も悪くない。ましてや家族の日常だって守らなければならない。貧乏は嫌だから、長いものには巻かれるというのも仕方ないのだろう。

「悔いはないか」と問われれば、胸を張って「ない」と言える人は少ないに違いない。

 しかし、その中身の問題こそが実は大切なのではないか。志のある生き方と、そうでない生き方とでは大きな差がある。

「やりたくても出来なかった」より「やったけど出来なかった」の方がどれほど素晴らしいか。

 過去ではない。これからだと私は自分に言い聞かせ、実行している。

 諦めてはいけない。とことんやってみる。もしダメでもチャレンジした上でのことだったら悔いることなんてない。

 さあ、これからだぜ、ご同輩!

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

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1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

 

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