連載

86才、一人暮らし。ああ、快適なり【第47回 ひまつぶし】

 作家でジャーナリストの矢崎泰久氏に連載で執筆いただくシリーズ、今回のテーマは「ひまつぶし」だ。

 一世を風靡したカルチャー雑誌『話の特集』を創刊し、30年にわたり編集長を務めた傍ら、テレビ番組やCM、舞台などのプロデューサーとして活躍した矢崎氏が、貫いてきた生き方、86才になった今思うこととは…。歳を重ねることの愉しさ、奥深さを教えてもらう。

 * * *

暇な日があることが喜びに変わった

 筆(ペン)1本、私は今も現役の物書きの端くれだ。

 それは誇りでもある。自分の力で生きている証拠でもあるからだ。

 でも近頃は、手帖の空白が目立つようになった。つまり、暇な日が次第に広がっている。少し気にかかったが、ある日、突然、それが喜びに変わった。

 子供頃には誰もが持っていた「オモチャ箱」を思い出したのだ。

「オモチャ箱」は。幼い日々を豊かにしてくれた大切な宝庫だった。所在なく、一人で部屋に居る時、それは最大限の効果を発揮する。

 積み木、ハメ絵、拳玉、ベーゴマ、力士絵メンコ、ビー玉などがぎっしり詰まっていたものだ。

 その一つは手垢や泥にまみれていたが、どれも宝石のように輝いていた。

「さあ、楽しもうぜ、遊ぼうじゃないか」と幾つもの声が伝わってきて、たちまちとりこにさせられた。

『話の特集』企画会議をやっていた時、ふらりと編集部に現れた谷川俊太郎さんが、「大人のオモチャ箱」を作ってみたら、どんな物が出来るだろうと提案した。雑誌の付録にしようという。

 中に何を入れるか、その場にいた全員が一生懸命考えたが、子供時代にあった夢はすでに消えていた。「大人のオモチャ箱」なんて実現しないように思えた。

 数か月して、誰もがそのプランを忘れてしまった頃、谷川さんが小箱を抱えてやって来た。

 それは「魔法の玉手箱」であった。

谷川俊太郎さんが作った「大人の玉手箱」

 谷川さんの夢と希望がぎっしり詰まっていたのだった。

 どれ一つとっても、面白く、楽しく、わくわくさせられる品々だった。しかし、付録には高価すぎた。

 早速、西武渋谷店地下1階にあった『書店・話の特集:に展示することにした。

 雑誌の付録にも、別個の出版物としても、とうてい実現出来ない『谷川俊太郎の玉手箱』は、連日読者たちの夢を満たしてくれたのだった。

 しばらくして、私は自分で、谷川さんの足元にも及ばなかったが、「ひまつぶし箱」を秘かに作ってみた。

 その中には、私が一人で楽しむことが出来る様々なグッズを集めてみたのである。

 各種のカード類(トランプ、タロット、花札、カルタ、手本引き用手札)、ゲーム(一人遊び用マジックなど)、手品考案素材、万華鏡、そして知恵の輪。

 80才を超えてから一人暮らしを始めた私は、最近になって、「ひまつぶし箱」を自宅に置いて来たことを後悔するようになった。

 早速、取り寄せて、大きな喜びに巡り合ったのだ。

 多忙な毎日を送っていた頃にも、ぽっかりと空白な1日が訪れることがある。そんな時に、「ひまつぶし箱」がどれほど役に立ったかを思い出す。

 トランプは空中でシャッフル出来たし、タロット占いは20種類も知っていた。

 それらに熱中すると、時間はアッという間に過ぎていった。

 指先が固まってしまった今となっては、カードを手にしても思い通りにならない。だが、手にしているだけで、栄光の日々を記憶の中から蘇らせることが可能だった。

 手品は人を騙すのではなく、楽しませるためにある。もちろん種も仕掛けも当然ある。

 それがわかっていて、騙されて笑う。そこに妙味があり、ゆとりが生まれる。種を知りたがる人は遊び心を知らない。

「びっくり箱」の中に知恵の輪を見つけて、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)した。

 これこそ、老いた者にとって、指先のリハビリになり、頭脳を刺激し、活性化させると知ったのである。

 最近での知恵の輪たちの進歩は著しい。昔の物は、一度カラクリがわかるとそれからは簡単に解くことが出来たが、最近の物は何度試みてもなかなか解決しない。そればかりか、何回もしくじる。まさにリハビリにはもってこいなのだ。

 新しい知恵の輪は、複雑にして魅力的な構造に様変わりしている。熱中していて時を忘れる自分にハッと気付いたりして、笑ってしまう。脳にも手にもいい。

 では、ご同輩・貴兄姉も「ひまつぶしの天才」になってみたら如何か。日常生活の幅が果てしなく広がること間違いなしです。

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

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1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

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