川村元気氏が語る認知症「忘れることもポジティブに捉えるようになった」
『君の名は。』『告白』『悪人』などの映画を企画し、大ヒットさせてきた川村元気さん。初めて書いた『世界から猫が消えたなら』がミリオンセラーになるなど、小説でも才能を発揮している。4作目の『百花』は、認知症になっていく母親と、一人息子の記憶をめぐる物語だ。
川村さんが『百花』にこめた想いを伺った。
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記憶を忘れていく母と記憶を手繰る息子のいのちと愛憎の物語
「初めて自分と近しい人の話を書きました。数年前に祖母が認知症になりまして、会いにいったら『あなたは誰?』と言われたんです。僕の体験と実感から生まれた小説です」
作中で息子は、自分をひとりで育ててくれた母の異変に胸を痛める。仲のいい母子だが、2人の間には互いに触れられない空白の一年があった。いったい何があったのか。実家に残された母の日記から、その真相が明らかになっていく。
「祖母と昔の話をしていると、自分より記憶が正確で驚くことがある。何を忘れていくか、何を忘れられないかは、その人の個性そのものでもある。僕らはいろんなことを忘れないようにスマホやクラウドに保存しているけど、何が大事なのか自分でもわからなくなっている」
記憶を失っていく母と、思い出を取り戻していく息子の物語は、本当に大事なものは何かを問いかける。
僕ほど“世間”にまみれている 小説の書き手はいないと思う
実はこの母は、吉永小百合さんを想定して書かれている。そればかりか、映画にしたときのカット割り、カメラワーク、音楽まで考えて書いたという。だから読んでいて次々と映像が浮かんでくる。映画の仕事をしながら小説を書く意味を川村さんはこう語る。
「僕ほど世間にまみれている小説の書き手はいないと思うんです。映画、音楽、テレビ番組をつくりながら小説も書く。そこで出会った有象無象の記憶の断片を物語にすれば、自分にしか書けないものになるし、世界にも通じる強度を持ちうるんじゃないかって」
他人が書いた物語なのに、気づいたら自分の記憶が引き出されている。そこに感動が生まれるのがいい小説だと川村さんは言う。
「この小説を書きながら認知症と介護について気づいたことも多い。忘れていくことも、ポジティブにとらえられるようになりました。この話が他人事の人はいないはず。祖母にも読んでほしかったですね」
川村元気さんの素顔を知りたくて一問一答
─最近読んで面白かった本は?
「この作品を書くにあたり、有吉佐和子さんの『恍惚の人』を読み直しました。47年前の認知症小説なのに今読んでも新鮮さがあります」
─好きな作家は?
「吉田修一さん。3作品を映画化しました。人生をちょっと先に見ている先輩という感じで、小説のことは書き始める前に必ず相談します」
─好きなテレビ番組は?
「Netflixオリジナルのドキュメンタリーがすごく面白い」
─気になるニュースは?
「一向になくならない児童虐待。なぜ誰も防げないのか 」
─趣味は?
「 映画、小説、音楽、テレビと、趣味が全部仕事になっていってしまう。幸せなのか不幸なのかわからない、奇妙な人生です」
─今ハマっていることは?
「昔から写真を見るのが好き。好きな写真家は川内倫子さん、今回『百花』の表紙の写真を撮った鈴木理策さん」
─運動はしていますか?
「週1回ジムに。トレーナーが甘やかす人で、30分運動すると、30分マッサージしてくれるんです(笑い)」
川村元気さん
1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』などの大ヒット映画を次々と製作。2010年、米国The Hollywood Reporter誌の「Next Generation Asia」に選出。同年、優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。小説に140万部のベストセラーとなった『世界から猫が消えたなら』『億男』『四月になれば彼女は』など。
【データ】
『百花』(文藝春秋)
定価:1620円
あらすじ:レコード会社に勤める泉は、数か月後に妻の出産を控えていた。そんなとき母の百合子の認知症が発覚する。記憶を失っていく母にとまどいながら、泉はひとりで自分を育ててくれた母との過去を思い出していく。お弁当の甘い卵焼き、誕生日に贈った花柄のポーチ…。しかし、2人の間には互いに語ることのなかった一年の欠落があった。
撮影/藤岡雅樹
※女性セブン2019年6月6日号