認知症の介護をラクにする言葉がけ|「運転をやめさせたい」「薬をのんでくれない」の対処法
認知症の親の介護、頭ごなしの対応は、あなたにとっても、そして何よりかけがえのないあなたの親にとっても、決して得策ではないと話すのは、認知症カウンセラーの右馬埜節子(うまのせつこ)さん(75才)だ。右馬埜さんはこれまで、ケアマネジャーや認知症ケア専門士を経て、認知症の人とその家族を20年以上にわたって支えてきた。かかわった総数が2000ケースを超えるという。
「同じ事を繰り返し言われ、ついついいらつき、怒鳴ってしまっては自己嫌悪に陥るといった不毛なやり取りが続くだけで、認知症の人も、その家族も互いに疲弊して、共倒れしてしまいます」(右馬埜さん)
認知症の人に向き合うポイントは「肯定感」「役割感」「特別感」の3つの“勘所”ならぬ“感どころ”を刺激することだという。
そのうち、肯定感は特に重要だと浴風会病院精神科医で認知症の専門医でもある須貝佑一さんは言う。
「普段はニコニコしていても、何かストレスがかかった時に、認知症の人は、そうでない人に比べて不安に陥りやすいのです。今いる場所がわからなくなる、あるいは親しい人のことがわからなくなる。直前の記憶がはっきりしないため、今何が起きているのか、周囲の状況もどこか曖昧な感じがしたりもします」
記憶の曖昧さへの不安とともに、自分はこの先どうなっていくのかという不安もある。
「認知症の人は、自分に味方してくれる人がいないと思いがちです。物がなくなった、盗まれたという言葉に、『だったら、なくならないように大事なものは透明の袋に入れて天井から吊り下げておくといいですよ』と荒唐無稽な対応法でも言ってあげるだけで、ホッとできるものなのです」(須貝さん)
 認知症の症状は十人十色。かつての仕事、趣味、人間関係などその人のこだわりや人柄と、脳の損傷部位とが相まって症状となる。穏やかな人もいれば、私たちには理解できない行動を取る人もいるが、どの症状にもその人の「生きざま」が表れている。それがケアの手掛かりになると右馬埜さんは言う。
「認知症になると口数は減ってきますが、その人のちょっとした言葉に耳を傾け、様子を見ているだけで、何にこだわり、何が不安なのかといった隠されたヒントが得られるもの。その人の世界に寄り添い、事実と違っていても、否定したり追い詰めたりせず、見守ってあげてほしいですね」
以下から、実例を挙げて、その対象法を紹介する。
ケース1:「運転をやめさせたい」問題
●実例
とっくに運転免許を返納したはずなのに、認知症になって判断力が衰えた父(85才)は、まだ現役のつもり。毎日のように車の鍵と免許証を出せと言い、ともすると車に乗り込んでエンジンをかけそうで怖い。納得させる方法はある?
●対処法
・貼り紙を利用しよう
「話してもなかなかわかってもらえない時には、貼り紙が役に立ちます。パソコンで『通達 70才以上の者 車の運転を禁ず 警視庁交通安全課』と作成し、目立つ所に貼ります。すると『法律で禁止されたんじゃ、しょうがないか』と、納得してもらえました」(右馬埜さん、以下「」同)
他にも“禁止・故障・危険・日曜日”などは、書けないが読める。意味もわかるため説明不要。まるで記号のように体に刻まれて生きている。例えば「年金を下ろしに行く」と銀行へ日参する人に「今日は日曜日」と伝えるだけで、「そうか、休みか」と断念した。なぜなら、生まれた時から生活上の約束事として、その言葉に沿ってきたから。また沿うことで守られてきた。
頭で覚えたことは消えても、体に刻まれた記号は健在。重要事項は説得せず“貼り紙”に頼もう。
「ある老人施設で、お風呂の好きな男性が1日に何度も入浴しようとして困ったことがありました。ある時、浴場の扉に『停電』と貼り紙をしたところ、効果てきめん。浴室まで行ってはそこで貼り紙を見て、『停電じゃしょうがない』とあきらめて戻ってくるようになりました」
ケース2:「デイサービスに行きたがらない」問題
●実例
元税理士の義父(80才)はデイサービスの利用を頑なに拒否。「他人様の世話になるのは絶対にいや」と言い張るので困る。
●対処法
・本人の職業、趣味を利用して役割を作る
 介護サービスをいやがり、家族の負担が重くなるケースは少なくない。そんな時は、本人のかつての職業や趣味、こだわりを利用して役割をつくってあげると、解決の糸口が見つかることも多い。
「元税理士の男性には、『施設の税務処理を手伝ってほしい』と言うと、喜んで施設に来てくれました。また、元教師には『施設にいる大人の指導にあたってほしい』と、以前の職業を活用し、役割をつくりました。誰かに必要とされていると感じると、本人のやる気と安心を引き出せます」
それは前職に限らず、その人がかつて得意だったことでもいい。
「編み物が好きな人には『みんなにマフラーを編んであげて』、毛筆が得意な人には『壁に貼るお知らせを書いてほしい』など、特技が生かせる役割でお願いすると、みんな生き生きとしてきます。もちろん、マフラーも貼り紙も、実際に施設で活用させていただいたので、一石二鳥になりました」
認知症になっても、昔取った杵柄は健在ということだ。
ケース3:「薬を飲んでくれない」問題
●実例
糖尿病で、認知症になる前から薬をのんでいた父(79才)。もともと薬嫌いだったが、認知症が進行すると、ますます薬をのまなくなった。
●対処法
・「特別」「あなただけ」「内緒」は効果的なワード
「歯が弱く入れ歯をしている人に『これは歯が丈夫になる薬で、お医者さんがお父さんのために特別に出してくれたのよ』と伝えると、のんでくれました。ここのポイントは“特別”“あなただけ”という言葉かけです。人は誰しも自分が特別扱いされるとうれしいもの。それは認知症になっていても同じです」
ほかにも、「みんなに内緒で食べてみない?」と、マーブルチョコに薬を混ぜて渡したところ、口に入れてもらえたという。 “内緒”という言葉も効果は絶大。“自分は優遇されている”と感じられる言葉かけをすることが重要となる。
’12年、全国で462万人だった認知症患者数は、’25年には700万人になるといわれる。5人に1人が認知症になる時代を目前に、相手に寄り添う言葉かけこそが、介護する側とされる側の懸け橋になるはずだ。
※注釈
認知症には、レビー小体型、前頭側頭型、認知症全体の6~7割を占めるといわれるアルツハイマー型など複数の種類がある。また、認知症は進行度合いによって、1ステージ(正常)から7ステージ(高度)の7段階に分かれている。認知症がどれくらい進行し、どんな種類の認知症なのかは、まず専門医に診てもらうのが必須だ。 「ここで紹介した言葉かけの方法は、アルツハイマー型認知症などで、ステージ4~5(中等度)以上の人に有効です。アルツハイマー型以外の認知症や軽度の認知症には逆効果になる場合も。医師に相談しながら取り入れるといいでしょう」(須貝さん)
※女性セブン2019年4月25日号