猫が母になつきません 第395話「ほっとする」
その町に父と母が移り住んだのは50年以上前。その頃はまわりには田んぼしかありませんでしたが、今は住宅や工場などに囲まれています。町内会の用事はだいぶ前から母にかわって私がやっていました。資源ごみの日には当番制で5〜6人が早朝に集まって専用の袋に入れられたペットボトルや空き缶などを整理したり、雑誌や段ボールを仕分けしたりします。私のグループは年配の方ばかりで、母が出ていた時にはおしゃべりしながらのんびりやっていたのだと思いますが、母から私にバトンタッチした初日、ひと世代下のあまり馴染みのない私が参加して無言でテキパキ片付けていくと高齢者グループに緊張が走り、全員が作業に集中することに。「なんだか今日はすごく早く終わったわね」と言いながら解散していきました(苦笑)。
母の認知症の症状が進んで亡くなった父を探したり、父のお葬式をすると言って毎日その準備をしたりしていたときには「町内会の人にもお葬式のこと知らせないと」と母は何度も近所の町内会の人のおうちに行って迷惑をかけていました。私はそのたびに謝りに行っていましたが「しかたないわよねぇ、みんな歳をとるんだから」と許してくれました。しかたないですまないくらいの回数だったのでだんだんその顔も曇っていきましたが、母が亡くなって引っ越しのご挨拶に伺ったときには「さみしくなるわ、近くに来たら寄ってね」と言ってくださいました。
5か月ぶりに実家だった場所の近くに来て、家の前を通るかどうか少し迷いましたが、町内会長さんの家の前の道路はUターンできず、そのまま真っ直ぐ進んでつきあたりを左に曲がるともうそこは実家です。家はまだそのままでした。ほっとしました。老朽化しているので将来的には壊されてしまうと思いますが、まだそのままでした。でも私には家がなんだか色褪せたように、死んだように見えました。一時停止して家を一瞬だけ見て、私はすぐに前を向いてアクセルを踏みました。
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作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。