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「女優も介護も本業」北原佐和子さん密着!准看護師資格取得を目指し奮闘中(後編)シリーズ「私と介護」

 女優業のかたわら、北原佐和子さんは2007年にヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)の資格を取り、介護の現場でも働くようになった。以来12年間、介護に対する姿勢は常に前向きだ。京都の撮影所から東京にもどり、そのまま夜勤に入ることもあったという。仕事が立て込む時期は、寝る暇もないほどの忙しさだ。

 別の業界で活躍しつつ、介護の世界でも力を発揮する人々に密着。その仕事や思いを伺うシリーズ「私と介護」。前編に引き続き、女優業と介護職、2つの世界で活躍する北原佐和子さんの今をお伝えする。

→前編を読む

5回目の参加「全日本認知症ソフトボール大会」は大切な場所

 青く澄みわたった空に、真っ白な雪の帽子をかぶった富士山の山頂が映える。

 2019年3月、快晴にめぐまれた静岡県富士宮市の『静岡県ソフトボール場』に、北原さんの姿はあった。今年で6回目を迎えた『Dシリーズ(全日本認知症ソフトボール大会)』は、年に1度開催される認知症の当事者によるソフトボール大会だ。この日、全国から集まった9チーム、総勢250人以上が熱戦を繰り広げた。

 

 午前9時、選手一同を前に大会実行委員長が開会を宣言。全員参加の準備運動に続きエキシビジョンマッチが開催された。試合前、特別ゲストの北原さんが始球式のため、マウンドに上った。

 眩しそうに目を細めて見つめる先のバッターボックスでは、富士宮市長の須藤秀忠さんがバットを構えている。何度かフォームを確認したあと、北原さんの投げたボールがストライクゾーンをかすめた。軽くタイミングをあわせるようなかっこうで、須藤市長がバットを振り、内野ゴロを放つ。

──市長ッ、始球式は普通空振りでしょッ

 観客席からの温かいヤジもあり、会場は大いに盛り上がった。

 北原さんがDシリーズに参加するのは今年で5回目だ。グランド内を歩けば、そこかしこから「北原さんッ」「佐和子ちゃん」などの声がかかる。ひとつひとつに笑顔で応え、手を振る北原さんは、まさに介護業界のアイドルだ。

「Dシリーズは私にとってとても大切な場所なんです。ここで出会った人たちと友情を育むことで、自分自身の介護の仕事を振り返ることができるんです」

 介護の現場はどこも超多忙で、利用者一人ひとりと接する時間はどうして限られたものとなってしまう。認知症特有の症状で現在の日時、自分がいる場所などが正しく認識できない見当識障がいを持つ方などのケアに際し、意思の疎通がうまくゆかず、気持ちがささくれ立つこともあるだろう。

介護施設利用者としてではなく、人生の大先輩として向き合う

「仕事だけだと、どうしても見えなくなってしまうものがあります。仕事と言う面では、確かに私たちは介護従事者で、対するのは利用者さんです。でも1人の人間として考えると、ほとんどの方が人生の大先輩です。利用者さんとして考える前に、人生の大先輩として向き合ったら、尊敬や敬う気持ちを持って接するのはあたりまえなのです。ところが介護従事者という立ち場や、忙しさからなぜか一番大切なことがおざなりになってしまうことがある……。当事者の方と触れ合うDシリーズのような活動への参加は、そうしたことを思い出させてくれ、客観的に自分の姿を見つめさせてくれるのです」

 介護の現場で利用者と向き合ったとき、北原さんはいつもDシリーズで友達になった人達のことを思い出すのだという。

「心にゆとりがなく、介護従事者目線が強くなり、利用者さん本位で考えられない自分になったとき、その利用者さんが私の大切なお友達だったらどうだろうと、ふと考えるんです。大切なお友達だったら、あの手この手で必死に意思の疎通を図ると思う。その気持が根幹にあって、認知症の方への知識と理解があれば、時間はかかってもかならず心を通わせることができると思っています」

 一昨年のDシリーズで知り合った62歳の小谷勉さんは、55歳で若年性認知症の診断を受けた。7年が経過し、現在は介護なしで日常生活を送ることはできない。北原さんはDシリーズ以外の場所でも小谷さんとの交流を深め、今では大切な友人となっている。

 Dシリーズの会場でも、気ままに歩き回る小谷さんの腕をとり、あれこれと話しかける。

 北原さんの屈託のない笑顔は、要介護者にではなくひとりの友人に向けたものだ。

「小谷さんは本当に大切なお友達です。私たちは普段、言葉でキャッチボールをしていますが、症状に応じてこれがうまくいかないこともあります。でも、例えば表情や目の動きなどを見ていると、『今伝わった』というのがわかるようになる。そうした非言語のコミュニケーションを可能にするため、我々介護職員は常に心を研ぎすませておくべきだと思っています」

長年積み上げた経験を本として出版

 12年におよぶ介護スタッフとしての経験で、北原さんは要介護者に“届く”声かけの様々な技を身に着けた。2014年には積み上げたノウハウを『女優が実践した介護が変わる魔法の声かけ(飛鳥新社)』にまとめた。

「基本は、いかに想像してもらうかです。例えば食事の時間にごはんですよというだけじゃなくて、『うわぁ美味しそう、いい匂いですね。さあ食べましょう~』とか、お風呂のときも、お風呂に入りましょう。じゃなく『さっぱりして気持ちいいでしょうね、身体の疲れが取れるだろうな』など、少しオーバーなくらいに言って、美味しさや気持ちよさを五感に響かせて、想像してもらうように心がけています」

 今でこそ自信を持って語るが、介護の現場に足を踏み入れた当時は戸惑いの連続だった。

「ヘルパーの資格はとったものの、女優との兼業なのできっちりしたシフトに入ることができません。かたっぱしから電話をして問い合わせましたが、『シフトを組めないなら難しい』となかなか受け入れてくれる施設は見つかりませんでした」

 30軒以上問い合わせてやっと見つかったのはデイサービスの事業所だった。たまたま急な欠員が出て困っている状態だったという。女優業のスケジュールを伝え、可能なところでシフトに組み入れるという方法を取った。

 ただ、日々の業務に追われるなかで、新人のためにさく時間や心の余裕もない。勢い「見て覚えてください」という雰囲気になりがちだった。

「でも、女優の世界がまさに『見て覚えろ』なんです。先輩の演技を舞台の袖から見て盗む。そうしたなかで長く生きていたので、苦なく馴染むことができたように思います。なにより昨日まで心を開いてくれなかった利用者さんが笑顔をみせてくれ、心を通わせることができるようになったり。そんな積み重ねがともて嬉しくて、素直に生きがいを感じるようになれたんです」

介護福祉士、ケアマネジャーの資格を取得、現在は准看護婦を目指す

 2014年に国家資格である介護福祉士の資格を取り、16年にはケアマネジャーの試験にパスした北原さんは今、准看護師を目指して奮闘中だ。事業所での仕事を一時的にお休みして、准看護学校に通う毎日である。順調にいけば来年の春、新たなステージに立つことができそうだ。

「1人の利用者さんをサポートするため、医師や看護師、介護スタッフはもちろん、場合によっては理学療法士さんとか作業療法士さんなどのチーム体制を充実させることが大切です。そのチームのケア方針やプランを立てるのがケアマネジャーです。私はケアマネの資格はもっているものの、医療のことをほぼ何も知りません。医師のおっしゃること、看護師のおっしゃることの意味すら今はわからない。医師と看護師が何を話しているのか、病気の薬事のことを話しているのかな…、などと思うもののちゃんと理解ができない。そこを少しでも理解できるようになりたい。そうなってからケアマネジャーの仕事を始めても遅くはないかな、そんな気持ちで現在は准看護師の勉強をしています」

本業は何ですか?

 

 

 ──現在の本業は? と聞かれたら何と答えますか。

 そう問うと、北原さんは次のように話してくれた。

「今は女優も介護もどちらも本業ですね。もともとは女優業の空き時間を利用して始めた介護職ですが、今は私にとってとても大切な仕事です。女優は誰かを演じる仕事ですが、より自分らしく過ごせるのは介護の現場かもしれませんね」

 どんな業界にいても、介護と無縁で一生を終えることはかなり難しい。病気や怪我で一時的にせよ、ベッドでの生活を余儀なくされることもあれば、歳を重ね要介護状態となることもある。厚生労働省によれば、現在、要介護認定を受けている人の数は630万人以上。75歳から上の年代では実に23%の人が要介護認定をうけている。この割合は、まだしばらく右肩上がりが続きそうだ。

 女優と介護士、二足のわらじを履く北原佐和子さんの生き方に学ぶことは多い。

→前編を読む

撮影・取材・文/末並俊司

『週刊ポスト』を中心に活動するライター。2015年に母、16年に父が要介護状態となり、姉夫婦と協力して両親を自宅にて介護。また平行して16年後半に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を修了。その後17年に母、18年に父を自宅にて看取る。現在は東京都台東区にあるホスピスケア施設にて週に1回のボランティア活動を行っている。 

●芸人コンビ・レギュラーインタビュー|笑いのバリアフリー化を目指して(前編)

●レクリエーション介護士として。介護業界の“レギュラー”芸人が語る

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