北原佐和子さんが介護の仕事を選んだ理由「20代半ば、雨の日の出来事が人生の原点」
俳優を続けながら15年以上、介護の仕事を続けている北原佐和子さん。トップアイドルとして活躍していた彼女が、介護の世界へ飛び込むことになった2つの体験について語ってくれた。北原さんを突き動かした、ある雨の日の出来事とは――。
北原佐和子さん「介護士の原点」を語る
「このきゅうり、ぬか漬けにしたらおいしそう!」
神奈川・横浜市内のデイサービス施設にある畑で、施設利用者と収穫を楽しんでいるのは、俳優の北原佐和子さんだ。
多くのドラマや映画で活躍する彼女は、15年以上前から介護士もしている。
「週に4日、ここと都内の特別養護老人ホームで看護業務をしています」(北原さん・以下同)
介護と出合うまでには、長い年月があった。
「俳優の仕事は、撮影が続いたかと思うと、数か月空くことの繰り返し。30代になって、空き時間に何かしたいと思うようになったのです。
当時から三味線や日本舞踊、乗馬を習っていましたが、魂を揺さぶられるほどの情熱は持てなかった。ぽっかりと穴が空いたような感覚がずっと自分の中にあって、心地悪さを感じていたんです。
その答えを求めて過去をひもといたとき、ひときわ鮮明に思い出すのが2つの体験でした」
介護の仕事へと突き動かされた2つの体験
1つは、小学校低学年の頃。毎日、仕事帰りの父を駅まで迎えに行くのが日課だった。
「父を待っているとき、帰宅する人たちで混雑する券売機の前で、高齢のかたや視覚障害のかたが戸惑っている様子を何度も目にしたのです。
すごく気になって『声をかけようかな』と思っても、結局できなかった。そんな日の帰り道は足取りが重かったことを覚えています」
もう1つは、20代半ば。大雨の中、友人を車で迎えに行く途中のことだ。
「私の車の横を、四肢麻痺の若い男性が通り過ぎたんです。傘もさせず、びしょびしょに濡れたまま、ひとり大通りでタクシーを拾おうとしているのですが、タクシーは来ない。それを見て、子供のときの記憶がよみがえりました。
『また私、ここで声をかけないの?』と自問した後、『乗ってください』と声をかけ、そのかたの家までお送りしたのです。
家の前で止めようとすると、男性は『手前の金網の横に止めてください』と言い、私の手伝いを断って、金網を掴んだ両手で体を支えながら降りていきました。その力強い姿を見て圧倒されました。
『あなたは自分の足で立っていますか?』と無言で問いかけられたような気がして。そのとき、それまでの自分は、大人がお膳立てした場所に乗っかってきただけだったんだなあと気づいたんです」
俳優を続けながら40代で介護の世界へ
見て見ぬふりはしたくない、困っている人がいたら自然と力になってあげたい…小さい頃から抱き続けたその思いを、40代になって実行に移すことにした。41才でヘルパー2級の資格を取得したのだ。
俳優業もあるので本格的に働くのはハードルが高いと感じ、まずはボランティアから始めた。
「ある福祉施設で、『ボランティアさんはここまででいいから』と言われたことに違和感がありました。そのとき初めて、『その先までかかわりたい。それにはきちんと働くしかない』と思ったんです」
俳優を続けながら働ける施設を見つけたのは、’06年のことだった。
しかし、最初の3か月は、高齢者にどう接してよいかわからず、施設の職員たちも俳優の北原にはどこか遠慮がちで、“距離”を感じていた。
「このままではだめだと思い、利用者さんの行動や状態を事細かく観察して日記をつけることにしたんです。
食事で、いつもトマトだけを残すかたがいました。そこで、『嫌いなんですか?』と聞いたところ、『入れ歯がないから皮が噛みきれないんだよ』と、考えもしなかった答えが返ってきました。
そのとき、一人ひとりにそれぞれの事情があって、そこにきちんと寄り添えば、互いの距離が一気に縮まることがわかって、急に楽になったんです。
利用者さん一人ひとりを深く知ることで、仕事が格段に楽しくなりました」
介護福祉士、ケアマネ、准看護師も取得
2014年に介護福祉士、2016年にはケアマネジャーの資格を取得した。
「ケアマネジャーは、医師や看護師、理学療法士など専門職のチームをまとめて利用者さんのケアプランを立てるのが仕事ですが、在宅医療の診療に同行したとき、先生と看護師の会話が、専門性が高くて全然理解できませんでした。
これでは務まらないと悩んでいると、先生から『看護学校で学んでみたら?』と言われ、准看護師の試験を受けることにしたのです」
先へ進むたびに壁が立ちはだかる。意志あって始めたことながら、気持ちがくじけたり、年齢のハンディを感じたことはなかったのだろうか。
「もちろんありましたよ! でも、目的はあくまでケアマネジャー業務のためだから、落ちてもいいや、やるだけやってみようと思って」
俳優業を約2年休んで試験に専念し、昨年みごと試験に合格した。
いまは、医療的な側面からも高齢者の暮らしをサポートできるようになり、より責任ある職務に取り組んでいる。
介護の仕事は”想定外”。それが楽しい
“二足の草鞋”は、大変そうだが‥‥。
「やはり、それなりに大変です。以前は京都の撮影所からとんぼ返りで夜勤に入ったりして、無理をしたこともありました。
いまは介護職の比重が大きいくらいですが、どちらも両立させて、好きなお芝居も続けていきたいと思っています」
介護職を始めて、変わったのはどんなことだろうか。
「嫌なことがあっても悩んでいる暇がないから、気持ちの切り替えが早くなりましたね。ひとつのことに固執しないので、毎日楽しいです。
介護の仕事は想定外のことばかり。でも、ハプニングに対応する柔軟性を舞台で鍛えられたせいか、そういう状況が楽しいんです(笑い)」
北原佐和子さん略年表「介護の仕事と出合うまで」
1964年:埼玉県入間郡(現ふじみ野市)に誕生
1981年:アイドルユニット「パンジー」結成
1982年:ソロデビュー。トップアイドルとして活躍後、俳優に転身
2000年初頭:俳優の傍ら、福祉に関心を持ち始める
2005年:ホームヘルパー2級の資格を取得
2014年:介護福祉士の資格を取得
2016年:ケアマネジャー資格を取得
2020年:准看護師の資格を取得
現在:俳優業と並行し、デイサービス施設(横浜市)、特別養護老人ホーム(東京都)に勤務
※女性セブン2021年7月29・8月5日号
https://josei7.com/