兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第204回 保険給付金、未だ出ず】
若年性認知症を患う兄と暮らすライターのツガエマナミコさんが綴るエッセイ。兄の生活全般をサポートするマナミコさんは、日々困難に立ち向かっています。大変なことが多くても、「まだまだ」「これしき」と気持ちを鼓舞するものの、落ち込んでしまうこともしばしば。そんな中、兄が元気な頃に加入していた保険に関してうれしい知らせが届いたのですが、まさかのぬか喜び!? 疑心暗鬼のマナミコさんです。
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「出ませんでした」などということはないと信じて
先日、電車待ちの間、本を読んでいましたら、反対のホームに向かって立っていたせいで、乗りたかった電車は行ってしまい、そのあとの電車で座って本を読んでいましたら、駅に降りて扉が閉まった瞬間に傘を置き忘れてしまったことに気づき、「なんて日だっ!」となりました。でも何かを失ったときは、きっと大きな禍から救ってくれたものだと思って、小さくなる電車に手を振りました。誰かが「ラッキー!」と持ち帰ってくだされば本望でございます。
ところで、みなさまは覚えていらっしゃるでしょうか。
2~3か月前、兄が要介護3になったことで、加入していた保険で100万円の一時金が出るかも?とお話したことを…。
結論から申し上げますと、未だ審査中でございまして入金はございません。ですが、かなり濃厚な確率で出そうなところまで来ております。
まず、主治医の診断書を申請し、受け取りに行くまでに1か月以上かかってしまい、必要書類の記入に時間がかかり、保険レディーさまに取りに来ていただくまでにまた数日かかってしまいました。先月やっと「用意してください」と言われたものを揃えてお渡ししたところ、必死に書いた書類の一部は「これは必要ありません」と言われたあげく「続き柄の入った住民票と免許証コピーもお願いします」と追加提出をお願いされる始末。「なぜ一度に言わない?」と思いながら日を改めてお渡しいたしました。
そんなはずはありませんが「お金払いたくないのね」とゲスな勘ぐりをしたツガエでございます。
保険レディーさまから、いつ頃入金という話もなく、お別れしてから早2週間が経ちまして、なんの音沙汰もない状態でございます。100万円は大きな金額ですから、慎重に審査されているのでしょう。7700円の診断書と300円の住民票、締めて8000円を費やして、「出ませんでした」などということはないと信じております。
月々の保険料は、すでにその何倍も支払っているのですから罰は当たらないはず。そして、その先にある「保険料免除」にも大いに期待をしております。年間30万円は大きすぎる出費。これがなくなれば、我が家の家計は潤うこと間違いなし。その暁には豚肉を牛肉に、カツオのお刺身をマグロに、あなご丼をうな丼に~、致しとうございます。
使い捨て防水シーツを貼ったことで、部屋の中でのお尿さまは少し減りましたが、ベランダでの放尿、お便さまは増えた気がいたします。「ここでしてね」と言わんばかりに置いてあるポリ容器にしていただけることもあれば、それを外してくださるときもございます。
どうやら、すでにお尿さまが入っているところに致すことはプライドが許さないようで、おトイレの次は、ベランダのポリ容器、その次は直にベランダ、その次は台所にトイレ用として置いてある蓋つきのポリ容器と、順番はランダムながら巡っている印象がございます。おトイレを使った後に流さないのは自分なのに、流れていないと別のところでするルール、勝手すぎると思いませんか?
わたくしはポリ容器を一日に2~3回洗っております。多ければ4回。深夜にベランダのお尿さま掃除もしておりますし、兄のスリッパの裏を拭くことや、兄が隠したコーヒーカップを探しだすなど、ルーチンがすこしずつ増えております。昨日は、ゴミ箱の中にあり、その前は玄関の傘置き場、新聞紙の間にあったこともございましたっけ…。何がしたいのでありましょうか、まったくわかりません。
少しまえ、下駄箱を開けて何やらしていたので、見ると、わたくしの靴、それも一番お値段の高い靴の片方を持って、今にもパンツを下ろしそうになっていたので、大慌てで「トイレはこっちだよ」と促しました。それ以来、下駄箱の扉(観音開き)の把手にも養生テープを巻くようになりました。靴を出し入れするたびにテープを外さなければならず、面倒くさいことこの上ございませんが、靴の中にされるよりはましでございます。
思えば、不自由な暮らしになりました。毎日が兄を中心に回っていてうっとうしくてなりません。
でも、まだまだわたくしなど苦労しているうちには入らないのでございましょう。食べる物に困るわけでなく、着る物は迷うほどあり、仕事にも友人にも恵まれている中で、すこしばかり介護しているぐらいで泣き言ばかり。「認知症介護の神髄を味わうのはこれからですよ」と諸先輩方のお声が聞こえてまいります。う~む、怖いですね。真夏の怪談ぐらい恐ろしい。
「不自由を楽しめ」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、行うはむずかしゅうございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ