連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第204回 保険給付金、未だ出ず】

 若年性認知症を患う兄と暮らすライターのツガエマナミコさんが綴るエッセイ。兄の生活全般をサポートするマナミコさんは、日々困難に立ち向かっています。大変なことが多くても、「まだまだ」「これしき」と気持ちを鼓舞するものの、落ち込んでしまうこともしばしば。そんな中、兄が元気な頃に加入していた保険に関してうれしい知らせが届いたのですが、まさかのぬか喜び!? 疑心暗鬼のマナミコさんです。

 * * *

「出ませんでした」などということはないと信じて

 先日、電車待ちの間、本を読んでいましたら、反対のホームに向かって立っていたせいで、乗りたかった電車は行ってしまい、そのあとの電車で座って本を読んでいましたら、駅に降りて扉が閉まった瞬間に傘を置き忘れてしまったことに気づき、「なんて日だっ!」となりました。でも何かを失ったときは、きっと大きな禍から救ってくれたものだと思って、小さくなる電車に手を振りました。誰かが「ラッキー!」と持ち帰ってくだされば本望でございます。

 ところで、みなさまは覚えていらっしゃるでしょうか。

 2~3か月前、兄が要介護3になったことで、加入していた保険で100万円の一時金が出るかも?とお話したことを…。

→194回を読む

 結論から申し上げますと、未だ審査中でございまして入金はございません。ですが、かなり濃厚な確率で出そうなところまで来ております。

 まず、主治医の診断書を申請し、受け取りに行くまでに1か月以上かかってしまい、必要書類の記入に時間がかかり、保険レディーさまに取りに来ていただくまでにまた数日かかってしまいました。先月やっと「用意してください」と言われたものを揃えてお渡ししたところ、必死に書いた書類の一部は「これは必要ありません」と言われたあげく「続き柄の入った住民票と免許証コピーもお願いします」と追加提出をお願いされる始末。「なぜ一度に言わない?」と思いながら日を改めてお渡しいたしました。

 そんなはずはありませんが「お金払いたくないのね」とゲスな勘ぐりをしたツガエでございます。

 保険レディーさまから、いつ頃入金という話もなく、お別れしてから早2週間が経ちまして、なんの音沙汰もない状態でございます。100万円は大きな金額ですから、慎重に審査されているのでしょう。7700円の診断書と300円の住民票、締めて8000円を費やして、「出ませんでした」などということはないと信じております。

 月々の保険料は、すでにその何倍も支払っているのですから罰は当たらないはず。そして、その先にある「保険料免除」にも大いに期待をしております。年間30万円は大きすぎる出費。これがなくなれば、我が家の家計は潤うこと間違いなし。その暁には豚肉を牛肉に、カツオのお刺身をマグロに、あなご丼をうな丼に~、致しとうございます。

 使い捨て防水シーツを貼ったことで、部屋の中でのお尿さまは少し減りましたが、ベランダでの放尿、お便さまは増えた気がいたします。「ここでしてね」と言わんばかりに置いてあるポリ容器にしていただけることもあれば、それを外してくださるときもございます。

 どうやら、すでにお尿さまが入っているところに致すことはプライドが許さないようで、おトイレの次は、ベランダのポリ容器、その次は直にベランダ、その次は台所にトイレ用として置いてある蓋つきのポリ容器と、順番はランダムながら巡っている印象がございます。おトイレを使った後に流さないのは自分なのに、流れていないと別のところでするルール、勝手すぎると思いませんか? 

 わたくしはポリ容器を一日に2~3回洗っております。多ければ4回。深夜にベランダのお尿さま掃除もしておりますし、兄のスリッパの裏を拭くことや、兄が隠したコーヒーカップを探しだすなど、ルーチンがすこしずつ増えております。昨日は、ゴミ箱の中にあり、その前は玄関の傘置き場、新聞紙の間にあったこともございましたっけ…。何がしたいのでありましょうか、まったくわかりません。

 少しまえ、下駄箱を開けて何やらしていたので、見ると、わたくしの靴、それも一番お値段の高い靴の片方を持って、今にもパンツを下ろしそうになっていたので、大慌てで「トイレはこっちだよ」と促しました。それ以来、下駄箱の扉(観音開き)の把手にも養生テープを巻くようになりました。靴を出し入れするたびにテープを外さなければならず、面倒くさいことこの上ございませんが、靴の中にされるよりはましでございます。

 思えば、不自由な暮らしになりました。毎日が兄を中心に回っていてうっとうしくてなりません。

 でも、まだまだわたくしなど苦労しているうちには入らないのでございましょう。食べる物に困るわけでなく、着る物は迷うほどあり、仕事にも友人にも恵まれている中で、すこしばかり介護しているぐらいで泣き言ばかり。「認知症介護の神髄を味わうのはこれからですよ」と諸先輩方のお声が聞こえてまいります。う~む、怖いですね。真夏の怪談ぐらい恐ろしい。

「不自由を楽しめ」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、行うはむずかしゅうございます。

◀前の話を読む 次の話を読む

この連載の一覧へ!

文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

ニックネーム可
入力されたメールアドレスは公開されません
編集部で不適切と判断されたコメントは削除いたします。
寄せられたコメントは、当サイト内の記事中で掲載する可能性がございます。予めご了承ください。

最近のコメント

シリーズ

介護付有料老人ホーム「ウイーザス九段」のすべて
介護付有料老人ホーム「ウイーザス九段」のすべて
神田神保町に誕生した話題の介護付有料老人ホームをレポート!24時間看護、安心の防災設備、熟練の料理長による絶品料理ほか満載の魅力をお伝えします。
「老人ホーム・介護施設」の基本と選び方
「老人ホーム・介護施設」の基本と選び方
老人ホーム(高齢者施設)の種類や特徴、それぞれの施設の違いや選び方を解説。親や家族、自分にぴったりな施設探しをするヒント集。
「老人ホーム・介護施設」ウォッチング
「老人ホーム・介護施設」ウォッチング
話題の高齢者施設や評判の高い老人ホームなど、高齢者向けの住宅全般を幅広くピックアップ。実際に訪問して詳細にレポートします。
「介護食」の最新情報、市販の介護食や手作りレシピ、わかりやすい動画も
「介護食」の最新情報、市販の介護食や手作りレシピ、わかりやすい動画も
介護食の基本や見た目も味もおいしいレシピ、市販の介護食を食べ比べ、味や見た目を紹介。新商品や便利グッズ情報、介護食の作り方を解説する動画も。
介護の悩み ニオイについて 対処法・解決法
介護の悩み ニオイについて 対処法・解決法
介護の困りごとの一つに“ニオイ”があります。デリケートなことだからこそ、ちゃんと向き合い、軽減したいものです。ニオイに関するアンケート調査や、専門家による解決法、対処法をご紹介します。
「芸能人・著名人」にまつわる介護の話
「芸能人・著名人」にまつわる介護の話
話題のタレントなどの芸能人や著名人にまつわる介護や親の看取りなどの話題。介護の仕事をするタレントインタビューなど、旬の話題をピックアップ。
介護の「困った」を解決!介護の基本情報
介護の「困った」を解決!介護の基本情報
介護保険制度の基本からサービスの利用方法を詳細解説。介護が始まったとき、知っておきたい基本的な情報をお届けします。
切実な悩み「排泄」 ケア法、最新の役立ちグッズ、サービスをご紹介
切実な悩み「排泄」 ケア法、最新の役立ちグッズ、サービスをご紹介
数々ある介護のお悩み。中でも「排泄」にまつわることは、デリケートなことなだけに、ケアする人も、ケアを受ける人も、その悩みが深いでしょう。 ケアのヒントを専門家に取材しました。また、排泄ケアに役立つ最新グッズをご紹介します!