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兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第202回 ツガエ家の治安を守ります】

「兄は若年性認知症という病気なんだから…」。ライターのツガエマナミコさんは、そう心の中で反芻しますが、いくらそう自分に言い聞かせても、困惑と悲しみとやるせなさはなくなりません。兄の不可解な行動、特に排泄問題には、もはやお手上げ状態なのです。そして、それに加えて、また一つ心配事が増えてしまったというお話です。

 * * *

パトロールの項目が増えました

 兄は年末には65歳になり、「若年性」というキャッチーな冠は返上となります。普通に「認知症」という字面では、マーケティング的にパンチがございません。「若年性認知症」がモコモコの羊さまなら、「認知症」は毛を刈られたあとの羊さま。そんな風に思うのは、文字の世界で生きる一種の職業病かもしれません。こんにちは、ツガエでございます。

 先日は、久しぶりにベラオシ(ベランダでオシッコ)の犯行現場を目撃。排泄物陳列罪の現行犯逮捕を試みたところ、また取り逃がしてしまいました。

 ベランダから帰ってくる兄に「ここでオシッコしたらダメなのよ」というと「え?なに?」という第一声。

「オシッコしてたよね、今」というと無言。

「ここでオシッコしていいの?」と聞くと「うん」とおっしゃる。

「なんで?」と聞くと「しょうがないよ」とのたまうので「しょうがなくないよ。トイレがあるんだからトイレに行ってよ。さっきはトイレでしてたじゃん」と申し上げると「え?トイレあるの? どこ?」と、初めて聞いたようなビックリ顔をされました。その瞬間心の内側からブラックツガエが降臨し、憎々しい声で「白々しい」と兄に吐き捨てて、すっと消えていきました。

 兄は病気です。わかっておりますが、病気でないわたくしには理解の範疇を越えました。

 その数日後にはお便さまです。ベランダの隅でお便さまをしているまさにその最中を目撃いたしましたが、やはり兄は犯行を認めることはありませんでした。少し前までは「すんません」と口先だけでも謝ってくれたのに……。

 直後に「あれ、どうすればいい?」と聞いてみたところ、「知らないよ。僕が持ってきたわけじゃないんだから」とヌケヌケと言ってのけるのでございます。

 近づいてシゲシゲながめて「なんだろうね」とおっしゃるその神経を「恐ろしい」と言わずしてなんと言えばいいのでございましょう。例えば人が見ている目の前で花瓶をわざと落として割っても「ぼくじゃない」と被害者のような顔で言える神経の持ち主になったのでございます。

 やっぱりこの日もデイケアの朝でございました。兄を見送った後、箒と塵取りの上からドロのように垂れた大量のお便さまを、そのまま水で流すわけにもいかず、またゴム手袋を付けた手で掬い取れるだけ掬い、トイレへ流した妹ツガエの奮闘記。涙失くしては語れません。

 何百回言ってもやってしまう兄は止められません。読者の方にもアドバイスいただきましたが、そこでしてもいいように工夫するしかございません。ということで、兄の部屋に置いてあるゴミ入れ(毎朝お尿さま、ときどきお便さまが入っている)と同じものを用意し、それをベランダの隅に置くことにいたしました。

 気になる効果は? 1日目はベラオシの痕跡がありませんでした。しかし2日目、それを避けてするではありませんか。

 本日は3日目。あのごみ入れは見慣れているはず。きっとあれをめがけてやっていただける日が来ると信じております。

 先日のお便さま掃除の後、兄の部屋をお掃除していましたら、兄の私物が乱雑に入った段ボールの中に大小さまざまなカッターが20本ほど入ったプラスチックボックスを見つけました。今までは段ボールの底の方にあって見えなかったと思われますが、それが一番上にあったのです。仕事で使っていたものなのでございましょうが、わたくしの頭脳は「カッター」=「えらいこっちゃ」と瞬時に計算し、カッターの箱を兄の目に触れない場所に移しました。

 ライター(第197回)といい、カッターといい、こんなものを兄に持ち歩かれては命がいくつあっても足りません。排泄物パトロールに加え、危険物パトロールも追加! 

 ツガエ家の治安を守るため、わたくしの奮闘は続きます。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

●病気になって性格が変わった父。それでも母は「昔よりいい」と夫婦円満に【実家は 老々介護中 Vol.20】

●猫が母になつきません 第359話「うめしごとアローン」

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この記事へのみんなのコメント

  • komomosumomo

    hiddenさま 私のアバウトな内容のコメントにつきまして、色々と御教示ありがとうございました。感謝申し上げます。認知症の薬の種類と量については本当に悩むところですね。認知症患者自身の症状や状態もそれぞれですし。いずれにしても、排泄関係のケアと後片付け、掃除は本当に介護者の全精力を奪い、疲れはてさせてしまうものです。ツガエさんお兄様の状態が少しでも改善し、ツガエさんが少しでも楽になりますようお祈りしております。

  • hidden

    komomosumomoさん ドネペジルが「非常に強い」かどうかは別にして(そもそも「強い」とはどういうことなのか)、これ系統は神経伝達物質であるアセチルコリン減少を補う作用があります このアセチルコリンは消化器で(も)働くので、たとえば胃酸が出すぎて気持ち悪くなったり、腸の動きがよくなりすぎてお腹がゆるくなったりします たしかに薬の副作用には「排便がコントロールできなくなる」というのは出てないですが、下ったり便秘したり便失禁したりというのは出ています これって、コントロールできなくなってますよねえ   うちの親は10ミリでは効きすぎた(よく怒る)ので、医師と相談のうえ5ミリで維持してます 一時期は3ミリまで下げたこともありますが、ここまで少なくていいのなら、飲まなくても同じではないかと思ったり(でも、看護師さんに相談すると、3ミリで維持してる人もいるよとのこと)   ともあれ、ツガエさんのお兄様の排便回数が多いとか、慢性的にゆるいとかであれば、薬の件、考えてもいいのかもしれないですね

  • スガリ

    実際に介護でご苦労をされているご当事者のかたに外野が進言というのもなんなのですが このご連載、ずっとずっと同じ排泄の悩みが続いてらっしゃるので もうベランダにポータブルトイレを設置されるのが良いかと思います(いっそのことトイレにしてしまう) あと失敗そのものを減らす工夫として 排泄が予想される時間を予測し、その時間の少し前にトイレに誘導する 施設でやられているように定期的にトイレにお連れして、その時にして頂くことができれば 少なくとも1回分は失敗回避できますので もうされているかもしれませんが、その場合は回数を増やして(時間の間隔を狭めて)みてはいかがでしょう あと他の方も書いていらっしゃいますが、ペットのトイレシーツはとても重宝します 尿を吸わせて捨てられるのは、雑巾で拭くよりはるかに楽ですので、試される価値はあると思います(ホームセンターで1000円くらいで売ってます) 少しでもご介護が楽になりますようお祈りしております

  • komomosumomo

    こんばんは。フルタイムの仕事をしながら認知症の母を介護中の者です。いつも身につまされながら拝読しています。うちの母も便がコントロールできず、大変困っていた時期がございました。その頃、母が飲んでいた認知症薬アリセプト(ドネペジル)が認知症薬の中でも非常に強い薬であるということを説かれているお医者様がいらっしゃるということを聞き、また、母がお世話になっているデイサービス施設の施設長さんもアリセプト(ドネペジル)を飲んでいる方は排便に問題のある方が多いともらしておられたことから、認知症の薬をアリセプト(ドネペジル)からメマリー(メマンチン)に変更してもらったところ、劇的によくなりました。今では本当に体調の悪い時以外、排便の問題はなくなりました。母の主治医は「アリセプト(ドネペジル)によって排便がコントロールできなくなるという副作用はないんだけど」とかなり懐疑的でしたが、私があまりにも疲れ果てておりましたので、「効果が出るか分からないけれど、それで気が済むなら、メマリーに変更しましょう」という感じで、メマリー(メマンチン)に変更してくださいました。余計なことかと思いましたが、毎回拝読するにつけ身につまされる思いがしておりましたので、一体験として御報告する次第です。どうぞよろしくご確認くださいませ。

  • じょじょ子

    いつも興味深く読んでおります えーーっと、 今度こそ「兄がぼけましたら~」に改題されたのでしょうか?

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