天皇陛下執刀医が教える寿命100年時代に私たちが知っておくべきこと
これから寿命100年時代が来るといわれている日本。その背景には、医療の進歩があるが、一方、平均寿命が延びたことで加齢によるがんや心臓疾患が増えている。この先、健康に長生きするためには、体の要である心臓との付き合い方が重要になってくる。
新著『100年を生きる 心臓との付き合い方』(セブン&アイ出版)を上梓し、これまでに通算8000例以上の手術を担当、天皇陛下執刀医として知られる順天堂医院 心臓血管外科医の天野篤先生に、心臓病手術の現状と、いざというときに備え良い医師・病院の見極め方について教えてもらった。
この寿命100年時代に、心臓を守るために知っておくべき知識とは?
大きく変わった、心臓病治療の今
「寿命100年時代といわれていますが、人間が医療を介入せず普通に生きられる年齢は115歳ぐらいだと思います。その年齢以降は脳が自然に衰えていきますから。晩年の健康寿命というのは、平均寿命だと10年ぐらいの開きがありますから、そういうふうに考えると本来人間は、100歳から105歳ぐらいまでは普通に元気にいられるのではないかと思いますね」(天野さん、以下「」同)
30年前なら80代で心臓手術をすることはあり得なかったが、今は90代でも心臓手術を行って回復する時代を迎えたと、天野さんは語る。心臓手術を受けたことで、健康と若さを取り戻す高齢者は多いというのだ。
「健康寿命が延びたことに加え技術革新もあり、80歳を超えての手術が可能になりました。私は患者さんの負担をできるだけ減らすため、『はやい・うまい・やすい』をモットーにしています。手術時間が長くなるほど出血も輸血も多くなり、患者さんのコンディションを悪くするため、素早く手術を終わらせることが手術の基本です。30年ほど前と比べ、今は技術の進歩などにより、手術時間を大幅に短縮できるようになりました」
かつては、そのときを乗り越えることに重きを置いた手術が多く、一度目の手術後に再手術や再治療が必要とされたが、今では手術で使う人工弁や、バイパス手術のときに患者の体から採取して使う血管も耐久性のあるものを使うようになり、“手術の賞味期限”を延ばしているという。
「今は、一度手術をして心臓の機能を取り戻せば、その後、再手術を受けなくても元気に寿命を全うできます。実際、心臓手術を受けた後、心臓が元気になったことで、肌ツヤがよくなったり髪の毛が黒くなったりする人も。心臓のトラブルに対する不安から解放され、海外旅行を楽しんでいる方もいます」
高齢化時代に心臓血管外科医が注目する「足の血管」治療
高齢化が進むこれからの時代、心臓血管外科の医師として注目すべきは、「足の血管」の治療だと天野さんは語る。
「たとえば糖尿病などが原因で動脈硬化が進み、足の血管が詰まってしまうと『慢性閉塞性動脈硬化症』や『末梢動脈疾患』などが起こります。血流が悪くなって足先まで酸素や栄養を十分に送れなくなるために、痛みで歩行困難になったり、重篤化すると壊疽(えそ)を起こして下肢を切断しなければならないことにもなります。これからさらに高齢化が進むと、こういった足にトラブルを抱えた患者さんが増えるのは間違いありません。最近は、足の血管の治療に対するさまざまなアプローチが考えられ、動脈硬化の狭くなった血管があればバイパスやステントを入れるなどの治療が行えます」
良い医者・病院の探し方
このように、手術、治療の技術は進んできているが、実は心臓病の治療や手術の技術は、病院によって大きな格差があると、天野さんは語る。
「しっかりした病院を選ぶには、心臓血管外科では年間手術100例の病院を探すことがポイントです。医師の技術の格差はものすごく大きいので、より良い病院と医師を選ぶことが、命を守ることにつながるのです」
良い病院、医師とは? 天野さんは、こう続ける。
「外科と内科ともにひとつの目安となるのが、症例数と治療実績です。さらに私は、その病院の施設長が、自ら年間250例以上の手術を執刀しているかどうかが重要だと考えています。ですが、日本でその症例数をクリアしている心臓血管外科医は15人程しかいませんので、心臓手術を年間100例以上行っていて、しっかりとしたエビデンスに基づいた治療を行っている病院を探すことが重要です。
患者に負担をかけないよう手術を早く終えられる腕を持ち、合併症など手術後のトラブルをあまり作らない。そこに自信を持っている、責任を感じている医者を選ぶことですね」
腕の良い医師に巡り合うことは、患者側の切実な希望だが、具体的にはどのように探したらよいのだろうか──。
「名医のランキング本を活用するとか、あとはインターネットサイトの患者紹介の『ベストドクターズ』など、いくつかありますが、そういうものを使ってもいいと思いますよ。もうひとつ確実なのは、職員の評判じゃないでしょうか」
安易に手術したがる医師には気をつけるべきだという。
「手術は基本的に一度しかできないと考えるべき。再手術は長い期間を空けないとリスクが高くなりますから。医師が、手術後の生活や体の負担まで考えているかどうかは見極めのポイントだと思います。外科医が手術をしたがる空気を出してきたら要注意、内科医のきちんとした診断を仰ぐことが大事です」
セカンドオピニオンのすすめ
治療に悩んだ場合、同じ病院の「別の科」や他院でセカンドオピニオンを受けることを勧める。
「内科で診察を受けていたなら外科で、など違う科で受診することもありです。別の病院でセカンドオピニオンを仰ぐ場合には、それを極端に繰り返すと、ウィンドーショッピングみたいになってしまい逆に迷ってしまうので注意が必要ですね」
また、セカンドオピニオンを仰ぐのは、症状が軽い段階で行うことが大事。診断を受け、さらに詳しい治療や高度な治療が必要との診断を受けた段階で、それも症例数の多い病院で受けることを推奨している。
「症例数の多い病院は、患者さんがほかの病院でセカンドオピニオンを希望するケースも、ほかの病院の患者さんが受けに来るケースもあるため、手順に慣れています。反対に、セカンドオピニオンを嫌がる病院は、安心して治療を任せられないと判断していいでしょう。一番大事なことは、重症化する前に受けること。違う治療を提案された段階で受けるようにしましょう」
医療事故から身を守るには?
近年、相次ぎ発覚している医療事故から身を守るためにも、手術を決断するまでに、本当に身を任せられるのかどうかを見極める必要がある。その見極めのひとつの基準になるのが、「リスクスコア」の説明があるかないか。
リスクスコアとは、1~10万例ほどの患者分析した解析モデルで、患者の状態によって手術の危険度がどの程度かを示す指数だ。どの治療を受けたらどの程度のトラブルを生む可能性があるかを事前に知ることができる。
「医師がリスクスコアを提示しながら、治療の詳しい内容、期待される結果や予後について適切な説明を行っているかどうか。実際のデータは手術をしてみないとわかりませんが、リスクスコアを患者さんに提示して説明するには、術前にしっかりした検査を行い、適切な診断をしたうえで、その患者さんに適した治療まで提示できる幅広い知識と経験を外科医が持ち合わせていなければなりません。ですから、リスクスコアを提示して適切な説明を行う医師は、それだけ信頼できる手順を踏んでいると判断できます。
逆に、リスクスコアの提示がない医師や病院は、しっかりした検査をやっていなかったり、勉強が不十分であることが考えられます。ただ単にリスクスコアを提示するだけでは不十分です。体の臓器別に状態をこまかく説明して、起きうる手術や合併症のリスクを、患者さんが理解するところまで説明しているかどうかが重要です。もしわかるまで説明してもらえないなら、病気が待ったなしの状況でない限り、焦って手術に踏み切らない方がいいでしょう。手術の予定日が決まっても、いつでも手術をやめることができる、信頼できる病院を選択してください」
撮影/疋田千里
■天野篤(あまの・あつし)
1955年生まれ。埼玉県出身。心臓血管外科医。順天堂大学医学部附属順天堂医院院長。日本大学医学部卒業後、医師国家試験合格。関東逓信病院(現・NTT東日本関東病院)、亀田総合病院、新東京病院などを経て、2002年、順天堂大学医学部心臓血管外科教授に就任。2012年2月、東京大学医学部附属病院で行われた天皇陛下の心臓手術(冠動脈バイパス手術)を執刀。2016年4月より、順天堂大学医学部附属順天堂医院院長。心臓を動かした状態で行う「オフポンプ術」の第一人者で、これまでに8000例を超える手術を執刀し、98%以上の成功率を誇る。
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