健康

「医師の私でもダメでした」母の異変から認知症診断までに7年かかった…。森田豊医師が語る実体験

 約800万人の団塊世代が75才になり、国民の4人に1人が後期高齢者となる「超高齢社会」。それによる社会構造や制度の変化が起こる「2025年問題」はすぐそこだ。

 当事者のみならず、その家族などを含めれば、すべての人が認知症と向き合わなければいけない時代がやってくる。スマホ依存が続けば、若年層でも認知症のリスクが高まる。もはや認知症は中高年だけの心配事ではないのだ。

 認知症は「何もできなくなる病気」と恐怖心を抱く人も多い。実際、20~70代を対象としたアンケート(※)のうち、50代以上が、最もなりたくない病気のトップは、がんを抑えて「認知症」だった。

【※太陽生命「認知症の予防に関する意識調査」より。全国の20~70代の2472名を対象にしたインターネット調査。2021年7月9~10日に実施】

 果たして、「認知症になったら終わり」なのだろうか。

 今回、認知症の母親を24年間見守り続けている医師で医療ジャーナリストの森田豊さんに話を聞いた。

家族が認知症になっても…

 実母の異変を感じてから認知症と診断されるまで、実に7年を要したという森田豊さん。なぜそんなに時間を要したのか。超高齢社会を元気に過ごすために思うこととは――

 母の文江さんは現在95才。森田さんは母が変貌していく様子に戸惑いつつも、「検査を受けさせることができなかった」と言う。

「医師の私でも、自分の母親となるとダメでした。検査をすすめても『何てこと言うの!』と怒られると、それ以上強くは言えません。その結果、姉にも大きな負担をかけてしまった。メディアでさまざまな病気を解説する医師でも対応を間違えるのが認知症の難しいところ。皆さんの家庭で考えるきっかけになればと思い、その体験を本にまとめました」(森田さん・以下同)

 文江さんは、いまも介護施設で元気に過ごしている。

「施設に入ってからは、あまり認知症は進行しておらず、健康診断も異常なし。人の誤認識はありますが、私が行けば『豊!』と喜んでくれます。スタッフのかたには感謝しかないですね」

 振り返れば、母親が認知症になった要因の1つに、森田さんの海外転勤があった。

「両親と二世帯で同居していましたが、私たち家族は2年半アメリカに赴任し、父も熊本の病院に役職があり、東京を離れがちでした。その間、実姉が訪ねてくれていたものの、ひとりの時間が長くなったことで認知機能の低下が進んだのだと思います。1999年に帰国し、再び同居生活を始めましたが、快活でおしゃれだった母が、外に出ることを嫌がり、パジャマ姿でゴロゴロするようになり、食事をしたことを忘れる日もありました。本人の中では『ちょっと変だ』と感じていたのかもしれませんが、強がりの母は、私や妻に甘えようとせず、近くに住む姉を頻繁に呼び出していました。仕事に没頭していた私は、姉に頼り切り、母の変化や姉の苦労を見過ごしてしまったのです」

認知症の検査、キーワードは「ぼくのために受けて」

 認知症の検査は、受けるまでの心理的なハードルが高い。

「いまでこそ『もの忘れ外来』や総合内科などで検査を受けられますが、当時は精神科での診断が主だったこともあり、昭和初期生まれの母には抵抗があったようです。それに、まだ軽度認知障害(以下、MCI)という概念も浸透していませんでした。それでも、母が毎日大量のバナナを買い込み、ついには振り込め詐欺に遭う事件が起きるまで、検査を受けさせる決心がつきませんでした」

 見た目だけで認知症か老化かの判断が難しいのは、本人に病識がないからだという。

「医師の前だとシャンとして、私は元気という顔をするので、『やっぱり大丈夫かも?』と揺れ動いてしまうのです。検査を嫌がる母を説き伏せたキーワードは『ぼくのために受けてくれ』でした。『お母さんのため』と言うと聞く耳を持ちませんが、私は母のお気に入りでしたから、その私からの懇願にしぶしぶ承諾したという感じです」

 その体験を踏まえ、森田さんは、次のように考えるようになったという。

「MCIから認知症へは、個人差はありますが、ゆっくりと移行します。残念ながら、いまは認知症の根本治療はありませんが、MCIの段階なら、生活習慣を改善して進行を食い止め、短期記憶の衰えを元に戻すことが可能な場合があります。50才以上の人の認知機能検査を義務化するなど、早期発見で進行の予防に努めるべきだと思います。日本は、体の健康には気をつけるのに、脳の健康に対する意識が立ち遅れています。現に平均寿命と健康寿命の間には約10年の差がある(※)。この差を縮めるには、病気予防や運動器(骨や筋肉)の維持に加え、脳の健康を保つことが重要です。私は体と歯(口腔機能の衰えも認知症を誘発する)、そして心の病院へは、不調でなくても定期的に行くべきと力説しています」

【※厚生労働省の「令和元年簡易生命表の概況」「健康寿命の令和元年値について」によると、2019年における男性の平均寿命は81.47才、女性は87.45才で、健康寿命の平均は男性72.68才、女性75.38才だった】

→親の認知症が心配 チェックポイントと病院に連れていくコツ

 最近、血液検査で20年以内の認知症発症リスクを予測する「フォーネスビジュアス」というサービスも登場し、検査の間口は広がりつつある。

「私自身の反省点からいえば、早期発見には、医療だけでなく家族間の情報共有がとても重要です。年に2~3回、きょうだいで集まり、親御さんの状況や介護について、心を開いて話し合う場を設けることをおすすめします」

適度な刺激が脳を活性化させた

 認知症の診断が下ると、森田さんは地域包括支援センターに相談し、母親をデイケアに通わせることにした。

「初めの頃は嫌がって『あんな“ちいちいぱっぱ”みたいなところに行きたくない!』と激しく責められましたが、職員さんが母の性格を把握してうまくのせてくださったおかげで、徐々に楽しそうになり、笑顔が戻ってきたのです。介護は、専門家の力を借りなければ立ちゆきません。家族の価値観や本人の思い、経済状況など家ごとにさまざまなファクターがあり、がんの治療とは違ってオーダーメード。難しいからこそ、専門家の知見が大きな助けとなります。私もずいぶん助言をいただき、心強かったですね」

 その後、介護施設への入所を決めた。

「妻と何十か所もまわりました。豪華ホテル並みの施設もありましたが、重視したのは、人とのコミュニケーションが図れるかどうか。いろいろな人と交流すれば、社交的だった母が元の姿に戻るんじゃないかと思ったのです。結果、カラオケやアニマルセラピー、書道など、アクティビティーが豊富な施設を選びました。そして約1年後、母は生き生きとした表情で『私、ここのボスなのよ』と言うまでに。再びおしゃれに気を使うようになり、心からうれしかったですね。やはり、適度な刺激が生活にハリをもたらし、脳を活性化させるんでしょうね。あのとき(アメリカ赴任時)、母に何か役割を見つけておけば、と考えたりもしました」

自分が認知症になったら、“行いのいい認知症患者”になりたい

 森田さん自身がもし認知症になったとしたら、どのような生活を望みますか?

「やはり妻や子供たちに迷惑をかけたくないので“行いのいい認知症患者”になりたいですね。『デイケアなんか行かない!』とは言いたくない(笑い)。喋ることが好きだから、施設のみんなとぺちゃくちゃ談笑し、カラオケやヨガを楽しみたいかなあ。でも、まずは自分の病気を食い止める最善の道を見つけて取り組むでしょうね。それが医師としてあるべき姿だと思っていますから。元気なうちから“認知症になったらこんな環境で過ごしたい”などのプランを家族間で話し合うのもいいですね。オランダに“認知症の村”と呼ばれる高齢者ケア施設があります。敷地内に住居とレストラン、スーパー、映画館などがあり、おつりの計算ができなくてもスタッフがフォローしてくれるとか(笑い)。そんな暮らしにも憧れます」

教えてくれた人

医師、医療ジャーナリスト・森田豊さん(59才)/秋田大学医学部を経て東京大学大学院医学系研究を修了後、米ハーバード大学専任講師などを歴任。現役医師として活動する傍ら、種々のメディアで啓発活動を行う。昨夏『医者の僕が認知症の母と過ごす23年間のこと』(自由国民社)を出版。

取材・文/佐藤有栄

※女性セブン2023年4月20日号
https://josei7.com/

●女優・秋川リサさん「認知症の母親の介護で追い詰められた」実体験に学ぶ介護の新常識

●兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第192回 要介護3で保険料が免除?】

●認知症の母が台拭きで手や顔を拭いてしまう!困った息子が考えたダイソーの100円グッズの使い方

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