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いとうまい子が語る45歳での大学進学 スクワットを促すロボット開発のきっかけは“歩けなくなった”父親の闘病「自分の足で歩けることの大切さをより強く実感」

 1980年代にアイドル歌手としてデビューし、現在も多方面で活躍を続けるいとうまい子さん(61歳)。そんな彼女は45歳の時、早稲田大学に進学して予防医学やロボット工学を学び、高齢者のスクワットを促すロボット「ロコピョン」の開発に携わった。華やかな芸能界で生きるいとうさんが、なぜ研究分野に飛び込んだのかを聞いた。【全3回の第1回】

「スポンサーの商品を買ってくれる人たち」のおかげで生かされている

――45歳で大学に進学し、予防医学やロボット工学を学ばれたそうですが、その理由は「世の中に恩返しをしたい」と思い立ったからだそうですね。

いとうさん:恩返しと言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、私はデビューして5年で一度、事務所を辞めているんです。芸能界の掟は厳しくて、辞めてすぐにお仕事が回ってくるような世界じゃありません。そこから10年ぐらい苦労した時期がありました。

 でも、そんななかでもときどきお仕事をくださる方がいて、それが本当にありがたかったんです。そのお仕事にはスポンサーさんがいて、制作費が私たちの出演料になります。つまり、スポンサーさんの商品である家電や調味料などを買ってくれている人たちのおかげで、私たちは生かされているんだなと気づいたんです。だから、街を歩くすべての人に感謝したいし、恩返ししたいなって思うようになりました。

――そこから、なぜ大学への進学に結びついたのでしょうか?

いとうさん:高校を卒業してすぐ芸能界に入ったので、当時の私は何の知識もなかったんです。恩返しすると言っても、何ができるのか思い浮かびませんでした。それで大学に行って、何か土台になるものを見つけられたらいいなと思い、45歳で大学に入ろうと決めました。

 最初は予防医学を学ぼうと思いました。20年ぐらい前にお仕事でご一緒した教授から「日本人は予防の大切さをあまり分かっていない」と聞いたんです。手洗いやうがいなどの小さな積み重ねが予防につながり、ひいては日本の医療費削減にもなるから、すごく重要なことだと。それなら大学で予防の大切さを学んで、私がメッセンジャーになれたらいいなと思い、早稲田大学に入りました。

 ただ、ゼミを選ぶタイミングで、予防医学の先生が定年退職されてしまって。それで困っていたら、同級生の20歳ぐらいの子から「すごく人気があるロボット工学のゼミがあるけど、どうですか?」ってすすめられたんです。ロボットの知識なんてまったくなかったんですけど、行ってみようかなと飛び込んだのが、ロボット工学との出会いでした。

父の姿を見て痛感した「自分の足で歩けること」の尊さ

――お父様の闘病を機に、運動器の障害で移動機能が低下するロコモティブシンドローム(運動器症候群)の深刻さを痛感され、それがロボット開発に結びついたと伺いました。

いとうさん:そうですね。それまで元気だった父があるとき入院しまして。お見舞いに行ったときに「トイレに行きたい」と言うので、私が起こして車いすに乗せようとしたんです。ところが、筋力がすっかり弱っていて起き上がれないし、私の力では重くて持ち上がりませんでした。

 結局、看護師さんを呼んで2人がかりで連れて行ってもらいました。その時に、筋力がないと、自分で動けないんだと痛感しました。起き上がることも、歩くこともできない。つまり、1日24時間ベッドに寝ているだけになってしまうんです。

 父はどんな風景を見ているのかなと思って、私もベッドに横になってみました。病院ですから、目に入るのは無機質な天井だけ。この景色を見てずっと過ごしているのかと思ったら、すごく切なくなりました。自分の足で歩けることの大切さを、より強く実感しました。だから、ロコモティブシンドロームを予防するものを開発したいなと思うようになったんです。

――そこで開発されたのが、スクワットを促すロボット「ロコピョン」ですね。このアイデアはどのように生まれたのですか?

いとうさん:私のゼミに、四国の限界集落で整形外科医をしている現役のお医者さんがいたんです。患者さんは高齢者ばかりで、「歩くのが大変」「膝が痛い」とおっしゃるから、その先生は「一番大きな筋肉がある太ももを鍛えるために、1日10回でもいいからスクワットをやりましょうね」と正しいやり方を教えていたそうです。皆さん「わかりました」と帰るんですけど、1か月後に診察に来ると、1回もやらないで来るらしいんですよ。それを先生がすごく危惧されていて。

 それなら、在宅で独居の高齢者でも、スクワットをサポートできるロボットを開発できたらいいんじゃないかと考えたんです。四国の先生がいなければロコモティブシンドロームの実態を知るきっかけもなかったですし、父の件がなければロボットでサポートしようとまでは思いませんでした。いろいろなことがつながって開発に至りました。

――利用者のモチベーションを保つために、「ロコピョン」には工夫をされたのでしょうか?

いとうさん:そもそも、高齢者の方にモチベーションは求めていませんでした。もう強制的(笑)。1日3回、好きな時間を決めてセットしておくと、時間になったら「スクワットの時間だから私の前に来てください」と呼び出すんです。

「疲れている」「忙しい」と、やらない理由をつける高齢者の方が多くて。でも、どんな理由があろうと「この時間ならできる」と自分で設定したわけですから、ロボットは何時間でも呼び続ける設定にしてありました。うるさいからとロボットの前に立つと、「一緒にやりましょう」と言われるので渋々やる、という仕組みです。

――過去の実証実験では、高齢者の方がロボットに愛着を持ったというエピソードもありましたね。

いとうさん:ご夫婦のお宅を訪問した際に、お母さんはやると言ってくれたのですが、お父さんには拒否されていました。「2か月経ったら引き取りに来るので、置いてください」とお願いして帰ったんです。

 2か月後に引き取りに行くと、お母さんが「最初の頃はあんなのやらんって言ってたけど、今はお父さん、あの子に呼ばれる前から前で待機して、呼ばれるのを楽しみにして暮らしてたんだよ」と教えてくださいました。いざ引き取って帰ろうとしたら、お父さんが「その子がおらんくなったら、俺はスクワットできんくなる」とおっしゃって。愛着を持ってくださったんだなと、すごくうれしい反応でした。

――「ロコピョン」は販売されているのでしょうか?

いとうさん:販売はしていません。あくまで研究の一環として作ったテスト機なので、今は手に入れる方法はないですね。ロボットのモーターは消耗品で壊れるリスクがあるため、その後は画面の中で動く「ロコピョン先生」というアニメシステムも開発しました。ただ、コロナ禍になってしまって実証実験ができず、研究は頓挫してしまったんです。今のところ実用化の予定はありませんが、また何か続きの開発ができたらいいなとは思っています。

テクノロジーは進化しても「自力で身体能力を維持する」ことが基本

――研究もされているなかで、介護現場でのAIやロボット活用の課題についてどうお考えですか?

いとうさん:今、AIを活用した見守りカメラなどを導入しているクリニックや介護施設が主流になってきていますね。スタッフが人海戦術でやっていた深夜の見回りなども、カメラが異変を察知して集中センターに知らせるシステムができあがっています。こうした見守り系のAIは費用もそれほどかかりませんし、人手不足の現場にとってはすごくありがたい技術だと思います。一方で、ロボット自体はまだまだ施設や家庭に簡単に入れられるような簡易的なものがないので、普及はもう少し先かなと思います。

 大前提として、テクノロジーは人間の能力を伸ばすサポートしかできません。できる限りテクノロジーに頼りすぎず、自力で身体能力を維持することを念頭に置いた方がいいと私は思っています。困っていることを解決するテクノロジーは確かに進んでいますが、体を動かすサポートという点では、まだもう少し時間がかかる実感がありますね。

◆女優、大学教授、研究者・いとうまい子

いとう・まいこ/1964年8月18日、愛知県生まれ。1982年にミスマガジン初代グランプリを受賞し、翌年アイドル歌手としてデビュー。ドラマ『不良少女とよばれて』などでブレイク。女優、タレントとして活躍する傍ら、2010年に早稲田大学へ入学し、修士課程でロコモティブシンドローム予防ロボットを開発。現在も研究者として活動しつつ、2025年からは情報経営イノベーション専門職大学で教授も務めている。

取材・文/小山内麗香

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