映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』に教わる介護の向き合い方
岩手県在住の認知症の母を、東京ー岩手と遠距離で介護している工藤広伸さんは、その介護経験や知恵などを書籍やブログ、講演などで発信し、介護者目線のノウハウが多くの共感を呼んでいる。
今回は、工藤さんと同じく遠距離で母の介護をする監督が撮った、認知症介護を題材にした話題のドキュメンタリー映画を観た感想や思いを語る。
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認知症の母を遠距離介護している実力派テレビディレクターの話題作
2016年9月、フジテレビ/関西テレビ『Mr.サンデー』で放送された「娘が撮った母の認知症」は大きな話題となり、その後BSフジで放送された2時間ドキュメンタリーも、視聴者から再放送を希望する声が殺到しました。この映像を再編集し、追加取材して作られた作品が『ぼけますから、よろしくお願いします。』です。
広島県呉市に住む、アルツハイマー型認知症の87才の母。その母を支えるのは、大正生まれで耳の遠い95才の父と、東京在住でひとり娘、45歳で乳がんを患いながらも、今なお第一線で活躍するテレビディレクター、信友直子監督(56才)。
この親子3人の1200日にも渡る記録には、認知症はもちろんのこと、高齢者が高齢者を介護する「老老介護」、老いた両親を遠く離れたふるさとに残し、娘が東京と広島の往復生活をする「遠距離介護」など、高齢化を迎えた日本において、これから多くの人が直面するかもしれない介護についても触れています。
認知症を発症すると、何もできなくなる、すべてを忘れてしまう。介護する側も多くのストレスを抱え、疲弊する姿ばかりが繰り返し報道されるので、認知症介護は壮絶で、悲壮感漂うイメージが先行しがちです。
しかし、スクリーンの中の信友家を見て、決して認知症介護が負の側面だけではないことに、多くの人が気づくことになると思います。
わたしが持つ90代男性のイメージは、「亭主関白で男子厨房に入らず、若い世代と違って、女性に対する配慮や優しさに、少し欠けるところがある」という印象です。実際、認知症の妻の介護を持て余し、つい手を上げてしまったという介護者の話を聞いたこともあります。
その世代である父が、自分の妻のために不器用な包丁使いでリンゴの皮をむき、慣れない裁縫までする。95才の初挑戦、言葉ではなく行動で示す妻への愛情に、心揺さぶられる人は多いと思います。
また、病院や介護施設ではなく、普通の家で生活する認知症の人の様子を、映像で長時間見る機会は、認知症介護をしているわたしであっても、そう多くはありません。
医師の前で見せる、よそ行きの顔ではなく、心許せる家族にだけ見せる、認知症の母の素の表情を、スクリーンで見られることはとても貴重だし、それだけでインパクトがあります。
同じ介護者として映画の中に重ね合わせた気持ち
わたしは上映時間102分の中で、映像と自分の介護を何度も重ね合わせました。
認知症をテーマにした映画はありますが、遠距離介護まで扱った作品をわたしは見たことがありません。広島の母が東京へ帰る娘をバス停で見送るシーンは、わたしの遠距離介護そのものでした。老いた両親を広島に残して帰るという不安や罪悪感、それでも東京では仕事が待っていて、どうしても帰らなければならないという葛藤。
東京までの帰路の途中で、これら絡み合った感情を少しずつほぐしながら、日常生活に戻るという作業がどうしても必要なのですが、映像を見ながら、いつものルーティーンを行ってしまった自分に驚きました。
また、信友監督はこの作品を泣きながら撮影したそう。時にはカメラを止め、ひとりの娘として接したい、手を貸したい…そんな気持ちをグッとこらえながら、映画監督として冷静にカメラを回し続けたのだと思います。
現在、認知症介護をしているご家族にも、ご自身の介護を映画監督のような視点で見ることをオススメしたいです。家族であるが故に、愛情が強すぎて、認知症の家族と衝突してしまうことがあります。
そんなとき、まるで映画を撮るかのように、冷静に自分自身の感情と向き合い、認知症の家族を見ることで、いつもの認知症介護が違ったものに見えるようになると思います。作品を通して、その感覚を体感できると思います。
もうひとつ、わが家と全く同じ親子関係を示すシーンがありました。
「介護はわしがやるから、あんたはあんたの仕事をせい」
父が娘に言ったこの言葉を、わたしも母から言われたことがあります。
「あんたは、東京で仕事頑張りなさい」
娘として、仕事を辞めてすぐにでも、呉に帰りたいと思ったこともあったはずです。そして親族やご近所からも、実家に戻って娘が介護をすればいいと言われたこともあるかもしれません。
映画を見るときっと、同じ考えになるかもしれませんが、わたしはこの遠距離介護という形がむしろ正解だと思いました。
東京で働き続けることが親の願いであり、その願いに応えてあげることも、子どもとしての役割なのだと思います。誇らしい娘を思いながら、呉で生活を続けることも、親の生きがいなのです。
2018年11月3日(土)から、全国劇場で順次公開されます。現在、家族の認知症介護をしている人も、これから介護が始まるかもしれない人も、劇場で信友家の日常に触れ、多くの気づきとたくさんの勇気をもらってください。
認知症を通じた家族愛に、きっと心洗われることでしょう。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/
【データ】
『ぼけますから、よろしくお願いします。』(製作配給/ネツゲン、フジテレビ、関西テレビ)
監督・撮影・語り/信友直子
2018年11月3日(土)~ 東京ポレポレ東中野ほか全国順次公開
公式HP:http://www.bokemasu.com/