認知症の症状緩和のためにできる4つのこと 早期発見のポイントや最新治療薬を医師が解説
認知症の症状を緩和させたり、進行を遅らせるためには、早期発見が重要だ。「少しずつ体重が減っている」「同じことを繰り返す」などの認知症のサインを早めに見極め、最新の治療薬や適切な処置で認知症は大きく改善した実例もあるという。認知症機能低下のための食事や生活習慣から、病院選びのポイントまで、専門医に教えてもらった。
良質なたんぱく質で認知機能低下を防ぐ
医学博士で日本応用老年学会理事長の柴田博さんはこう話す。
「栄養状態の良否は血液中の『アルブミン』というたんぱく質の値で判断されます。この数値が低下すると寿命や身体機能とともに認知機能が低下することが明らかになっています」(柴田さん)
アルブミン値を上げるためには、食生活の改善が何よりも重要だ。
「特に意識してほしいのは良質なたんぱく質を摂取すること。必須アミノ酸を豊富に含む肉、魚、卵、乳製品が不足しないよう心がけることが最も大切です。ご飯とみそ汁、漬けもの、海藻といった昔ながらの粗食に慣れている高齢者がいますが、こうした粗食は認知機能低下の原因となります」(柴田さん)
特に積極的に摂るべきたんぱく質は、必須アミノ酸がバランスよく含有されている「アミノ酸スコア」の高い食品だ。こうした食生活を心がけているのであれば多少の体重増は認知症リスクにかかわらない。
■アミノ酸スコアが高い主要な食品
・卵…100
・牛乳…100
・あじ…100
・牛肉(サーロイン)…100
・豚肉(ロース)…100
・鶏胸肉…100
・プロセスチーズ…91
・大豆…86
・えび…84
・木綿豆腐…82
・いか…71
体重減少は危険信号の可能性が!
奥村さんは、体重の減少が認知症の兆候である可能性を指摘する。
「米ハワイで約2000人を30年間追跡した疫学調査によれば、アルツハイマー型認知症患者の多くは発症の5年ほど前から体重が減り始めていたという報告があります。つまり、高齢期以降の体重減少は“ダイエットに成功した”と喜んでばかりいられない。認知症の魔の手が近づいているサインかもしれない、と考えるべきなのです」
早期発見次第で症状を緩和・進行を遅らせることも
豊富な臨床経験とエビデンスに基づいた予防法を駆使して、生活習慣や行動様式の改善に努めたとする。しかし、5人に1人が発症する現代において、準備と努力を重ねても発症が避けられないケースもある。また、すでに症状が出ている家族を持つ人もいるだろう。
「残念ながら現代医学では、認知症の根治はほぼ不可能であるのが現状です。しかし症状を緩和させたり、進行を遅らせたりすることはできる。そのために最も重要なのは、早期発見です」(奥村さん)
奥村さんが挙げる早期発見の5つのポイント
「【1】『家族旅行や孫の結婚式など印象的な少し前の出来事を忘れる』【2】『同じことを繰り返し聞く』【3】『鍵や携帯電話などをたびたびなくす』【4】『料理がうまくできなくなる』【5】『連続ドラマを見なくなる』が該当します。
特に連続ドラマは前回のストーリーを覚えていられなくなってしまい、面白く感じることができずに視聴をやめてしまう。初診で来た患者に『最近、朝ドラを見ていますか?』と聞くと多くの人は『昔は見ていたけれど、最近のものはつまらないから見ていない』と答えます」
このような兆候を家族の言動から感じたり、自覚したりしたら早めに病院にかかって治療を受ける必要がある。
認知症の薬プラス適切な処置が大事
アルツクリニック東京院長の新井平伊さんが解説する。
「現状、治療の中心は薬と心理的支援になります。健康保険で使える薬はアリセプト、レミニール、イクセロンパッチ・リバスタッチ、メマリーの4種類。いずれも効果があって安全性が高いと厚労省が認め、世界中で使われている信頼のおける薬です。認知症は進行性の病気であり、早く治療を始めた方がいいことは間違いありません」
ただし、薬に頼るだけでは不充分だと新井さんが続ける。
「WHOのガイドラインに従って生活習慣病を治療したり、飲酒や喫煙の習慣を改めることも重要。耳が聞こえにくいことも症状の悪化につながるため、難聴の人は補聴器を使うなどすれば、進行を遅らせることができます」
多くの認知症患者を診療してきた園田さんは、その経験から適切な処置をすることで症状は大きく改善すると断言する。
「私の場合、初診は1時間ほどかけて患者本人や家族から話を聞き、検査などで認知症のタイプを見分けます。そのうえで薬を処方し、その人に合ったサプリメントを提案するなど食事や環境要因を整えることで治療を進めます」(園田さん・以下同)
89才の女性は“食事改善”で症状が治まった
園田さんによれば、特に食生活の見直しは重要だという。認知症になると甘いものを好むようになる人が多く、糖質制限により症状が落ち着く場合も多いと話す。
また、レビー小体型認知症やパーキンソン病の場合は便秘を起こしやすく、便通をよくすることで快方に向かうことも少なくない。
「特に印象深いのはもの忘れや幻聴、妄想といった症状に加え頑固で怒りっぽくなるという性格の変化も起き、家族も手を焼いていた89才の女性患者の例です。各種検査で認知症がかなり進行していること、性格的にADHD(注意欠陥多動性障害)の要素もあることが判明し、治療が始まりました。
具体的には血液検査で不足しているとわかった亜鉛を増やす治療とともにアルツハイマー病の貼り薬や漢方薬などを処方し、炭水化物を控えて肉を多く食べるような食生活にするよう指導しました。すると、治療開始7か月で別人のように症状が治まったのです」
症状の緩和はもちろん、性格も穏やかになり以前は嫌がっていたデイサービスも、現在は週5日通っているという。
「この患者さんはそれまで、認知症で病院にかかったことはありませんでした。このかたのように本人が受診を嫌がることは多く、家族も治る見込みがないだろうと匙を投げてしまうケースが多いですが、実際に治療を始めるとかなりの確率で改善がみられます」
認知症の症状を緩和するためにできる4つのこと
1.信頼できる医師にかかる
知識と経験に基づき、患者と向き合う医師を選ぶこと。専門が脳神経内科または精神科であることや、「コウノメソッド」を取り入れているかどうかが見極めポイントになる。
2.補聴器をつける
難聴は症状が悪化するもと。補聴器で補いたい。
3.食生活を改善する
症状が進行すると、甘いものを過剰摂取するケースが多い。たんぱく質や亜鉛を増やし、炭水化物を減らすことで症状の改善がみられた例は少なくない。
4.コミュニケーションの方法を変える
たとえ認知症であっても、古い記憶や本人の性格は変わらない。周囲が昔の話をしながらコミュニケーションを取るなど理解を示すことで、怒りやストレスが取り除かれるように。
適切な治療を受けるための病院選びのポイント
ただし、医師や病院選びを間違えれば適切な治療を受けることは難しい。園田さんは病院選択のポイントについてこう話す。
「さまざまな医師が認知症外来やもの忘れ外来を掲げていますが、専門が脳神経内科または精神科の医師が知識と経験の豊富さという点でベターでしょう。また、名古屋の河野和彦医師が考案した認知症治療法である『コウノメソッド』を取り入れていたり、それをベースにした知識の共有を進める認知症治療研究会の会員の医師なら、適切な治療をしてもらえる可能性が高いでしょう」
コウノメソッドとは、認知症の分類を行ったうえで、症状に見合った薬をできる限り少量処方し、治療する実践法のこと。取り入れている病院はホームページに記載しているところも多いため、確認するのも有用だ。
◆病院選びのポイントまとめ
・専門が脳神経内科または精神科の医師
・認知症治療研究会の会員の医師
・『コウノメソッド』を取り入れた病院
患者本人としっかり向き合い寄り添う医師が◎
新井さんは、診察室での振る舞いから医師を見分けられると話す。
「病気だけを診ている医師は避けるべきです。患者本人としっかり向き合い、生活そのものをよくするべく寄り添ってくれる医師がいい。具体的には、診療のたびに心理検査や画像検査をしようとしたり、反対に一度も血液検査をせずに薬を出すような医師は要注意です」
家族が認知症を理解することも大切
患者本人としっかり向き合うべきなのは、そばにいる家族も同様だ。
「認知症にかかった人はすべてを忘れ、日常もままならなくなってしまうというイメージを持つ人は多いですが、実際には、古い記憶は残っているし、その人が持つ本来の性格が失われるわけではありません。認知症に伴う幻覚や、興奮、不適切な言動などは『BPSD』と呼ばれる症状ですが、家族や周囲の人間が『さっき言ったばかりなのに』とあきれたり、怒ったりすることによって不安やストレスが出ることで悪化します。周囲が認知症を理解していれば患者さんも落ち着きます」(奥村さん)
2年前からもの忘れが出て、アルツハイマー型認知症と診断された73才の男性患者のケースを奥村さんが明かす。
「もともとは温厚だったのに『ボケ扱いするな』と激昂して家族を怒鳴りつけるほど人格が変化してしまい、家族は『孫を近づけるのはやめた方がいいのではないか』と話していたそうです。そんなある日、孫がひどい腹痛になって両親が慌てふためいていたとき、『この痛がり方は、お前が盲腸になったときと似ている。すぐに病院に連れていくべきだ』とアドバイスした。緊急入院した孫は治療を受け、事なきを得たそうです。
本人ですら忘れてしまっている昔のことを、認知症の男性が鮮明に覚え、適切な処置をしてくれたことに家族はとても驚き、反省して接し方を変えたそうです。古いアルバムを見ながら思い出話をするなど、記憶が残っている範囲でコミュニケーションを取ることを意識して接したところ、男性は温厚で元気な姿を取り戻しました」
家族の理解と寄り添いがあれば、認知症であっても幸福かつ穏やかに生きることができるのだ。
新薬の研究も進んでいる
日進月歩の医学界では“夢の新薬”の開発も進んでいる。
「私が加わっている東大の研究チームでは、頭に光を照射して、アミロイドβを酸素化することにより免疫細胞に認識させて除去する『光認知症療法』の研究を進めています。免疫を利用した抗体医薬と同じメカニズムで、将来は経口投与が可能になるように研究中で、数年以内に治験をしたいと考えています。他大学ではワクチンを開発しているチームもあり、認知症は近いうちに克服されると期待しています」(富田さん)
恐れずに済む時代が、もうすぐそこまでやって来ている。
教えてくれた人
柴田博さん/日本応用老年学会理事長、新井平伊さん/アルツクリニック東京院長、園田康博さん/東京メモリークリニック蒲田院長
取材・文/土屋秀太郎 取材/小山内麗香、伏見友里、三好洋輝
※女性セブン2022年6月9日号
https://josei7.com/
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