兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【133回 介護生活は仮想現実と思え】
若年性認知の兄と暮らすライターのツガエマナミコさんをいつも悩ますのは、兄のシモ問題。兄に悪気はなく、しかもデリケートなことなだけに、イライラや怒りを堪えるツガエさんですが、心中は複雑です。「兄の介護をすることは、私の運命だったのか…」。本日も悶々とするツガエさんが、「明るく、時にシュールに」その思いを綴ります。
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ヒタヒタと介護の色が濃くなって
兄上は朝、わたくしがリビングに掃除機をかけ終わり、フルーツを切り分けトーストを焼いてコーヒーを淹れた頃になると悠々と自室からリビングにお出ましになり、玉座でテレビをご覧になるのが日課でございます。
ときどきすべてが調い、わたくしが朝食をいただき始めてもおいでにならないことがあるので、そういうときは兄上のお部屋の外から「おはようさん」と声をかけさせていただき、朝食の支度が調ったことをお知らせいたします。すると「う~い」というフランス人のようなお返事のあと、余裕をもってリビングにお見えになるのがお決まりとなっております。
ところが、先日は「う~い」のお返事のあともなかなかお出ましになりませんでした。「まぁ、そんな眠たい朝もあるか」と様子を見に行くこともなく、わたくしは一人朝食を済ませ、仕事を始めました。気づくとお昼が近くなっており、リビングのテーブルの上にはトーストとフルーツとコーヒーが手つかずのまま置かれております。
「もしや具合が悪いのか?」と思い、再び兄上のお部屋の扉をノックし「お昼はカレーにしようと思うんだけど食べる?」と、兄が好きなカレーで食欲の有無を図ってみました。すると「食べる~」と言うので「なんだ元気じゃん」と安堵し、レトルトカレーの昼食を作り「できたよ」とお知らせしました。
するとガチャっと扉を開けて出てきた兄上は、上半身は着こんでいるのに下は寒そうな生足&トランクス姿でございました。
ヒョエ!となって、なんで?となって、「ヤッタナ」と思い、トランクスの状態を後ろからのぞき込みましたが、特に大きな汚れはございません。急いでズボンの安否確認をするため兄上のお部屋に入りますと、昨夜穿いていたベージュ色のズボンはきれいにたたまれ、タンスの上に乗っておりました。一見なんの問題もなさそうでしたが、広げて分岐点のあたりを確認しますと、お尿さまと思しきシミがあったので、わたくしはリビングに翻って有無を言わさず兄上のトランクスを穿き替えさせ、シミ付きズボンと共に洗濯機へ―――。
お昼までお部屋から出てこなかった理由がわかり、イラつきながらもホッといたしました。しかし、シーツにシミがなかったのが謎でございます。オネショさまではなく起きてからちょっとだけ間に合わなかった…というパターンでしょうか。歳を重ねると痛感いたしますが、そんなことは人体として当たり前になります。今後、お布団が濡れるような事態になったら防水シーツと紙パンツを利用するといたしましょう。
ヒタヒタと介護の色が濃くなってまいります。これがわたくしに与えられた運命でございます。
じつは最近、映画「マトリックス」の最新作を鑑賞いたしました。シリーズ第一弾以来、22年ぶりのマトリックス体験でございました。仮想現実と現実が入り混じった世界で人とシステムが争うややこしいお話しは相変わらずで、これでもかとデジタル技術を見せつけてくる目まぐるしさと派手さに「やりすぎ」と笑ってしまいました。ただ、このわたくしが仮想現実を生きているデジタルである可能性も否定できないと思ったのも確かでございます。運命は神からでもシステムからでも同じこと。与えられた嘘の世界を生きていると思った方が、今は気が楽でございます。早く夢から覚めたい気分。そこに待っている暮らしが今より過酷でなければ、のお話しですが……。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ