家族の財産を守るなら「成年後見人」より「家族信託」を選ぶべき理由【FP解説】
何かと難しい「相続」に関する事柄。いま、先手を打っておくべきは「贈与」だけではない。いずれ自分たちが相続することになる親の財産や夫の財産をどう管理するかこそ、しっかり考えておかなければならない。突然の不幸があれば相続するほかないが、もし認知症などで親や夫が判断能力を失ってしまったら、その財産を管理し続ける方が難しいからだ。夫と老親がボケる前に「家族信託」をしておくべき理由を専門家に教えてもらった。
「成年後見人」への支払いは死ぬまで続く
財産の持ち主が判断能力を失うと、自宅の売却や口座の管理などができず、資産が凍結されるおそれがある。それを防ぐため、本人に代わって家族や第三者が不動産や預貯金などの財産管理を行う「成年後見制度」が用意されている。
財産管理だけでなく、本人が利用する介護サービスや施設への入所契約まで行うため、できれば配偶者や子供など、その人のことをよく理解している人物が行うべきだろう。
しかし、判断能力を失う前に家族などを「任意後見人」に指名しておかないと、家庭裁判所が機械的に選んだ弁護士や司法書士など、赤の他人が「法定後見人」に定められる。一度決められると通帳すら簡単に見ることはできなくなり、本人が亡くなるまで、取り消すことはできない。
夫の収入や親の年金が生活の頼りだった場合、本人が認知症などになると、家庭裁判所が選任した弁護士などが法定後見人になる。すると、預金口座が後見人に管理され、家族は一切使えなくなる。
「家族にしてみれば、家庭裁判所が選任した第三者に預金口座を管理されるうえ、法定後見人とその監督人に月1万~6万円ほどの報酬を支払わなければならない。
月々の金額は大きくない場合もありますが、本人が亡くなるまで何年もかかれば相続人に残される財産は減ってしまう。本人に代わってプロに管理してもらえるとはいえ、複雑な思いを抱く人もいることでしょう」(相続実務士・夢相続代表・曽根恵子さん)
■法定後見人に支払う報酬はこんなに高い!
■後見人への報酬
財産額1000万円以下…月額1万〜2万円
財産額1000万円超~5000万円以下:月額3万〜4万円
財産額5000万円超…月額5万〜6万円
■監督人への報酬
財産額5000万円以下…月額5000〜2万円
財産額5000万円超…月額5万5000円程度
■後見人への ボーナス・報酬
・不動産の売却…70万円
被後見人の療養看護費用を捻出する目的で、その居住不動産を3000万円で売却した場合。
・遺産分割調停…100万円
被後見人の配偶者が死亡したことによる遺産分割協議で、被後見人が2000万円相当の遺産を取得した場合。
・訴訟…150万円
被後見人が詐欺や押し売りなどの被害を受けたとき、損害賠償請求訴訟を提起し、加害者から1000万円を回収した場合。
※家庭裁判所の資料をもとに本誌作成。金額は目安。
「家族信託」なら財産管理も使い道も自由
将来の判断力低下に備え、本人が元気なうちに、あらかじめ家族を任意後見人に指名しておけば、このような理不尽は防ぐことができる。だが、それよりももっと自由度の高い「家族信託」の契約も検討してみてほしい。
「家族信託は、財産を管理する人を親族に託せるだけでなく、本人が認知症などになっていなくても、ただ“年をとって財産を管理するのが大変”という場合にも使うことができ、亡くなった後に財産をどう管理してほしいかも指定できる。
たとえば、父が不動産を複数保有している場合。息子に不動産と一定の預貯金を託して、父が元気なうちは管理している不動産の収益を息子が父に渡し、父が亡くなったら収益は母に渡すようにすることもできます。
遺言書は“誰にどれくらい分けるか”しか法的効力を持たない一方、家族信託では先々まで指定できるので、より本人の意思を承継できる仕組みといえます」(ファイナンシャルプランナー・明石久美さん・以下同)
さらに、生前に託す「信託財産」と、死後に分割される「相続財産」を分けて考えることもできる。
「たとえば、父の財産5000万円のうち、3000万円を息子に託して『信託財産』にする。不動産登記や預貯金口座も息子の名義になりますが、信託契約を交わしているので、“父が亡くなった後は母に渡す”と指定しておけば、その通りに動きます。
一方で、残った2000万円は通常の『相続財産』となり、母と息子で分割することになります。いわば、家族に残す“お財布”が2つになるのです」
そのため、「父から母へ」といった相続だけではなく、「父の財産は、母が亡くなったら長男へ」などと、先々の財産の使い道も指定することができる。
「家族信託」なら、成年後見人より自由で安心!
◆開始
家族信託:自分の意思で自由に決められる。
成年後見人(法定後見人):本人が認知症などで判断能力を失うと、後見人をつけられる。
◆管理者
家族信託:家族など、信頼できる人に託せる。
成年後見人(法定後見人):裁判所が定めた弁護士などで、家族が選ぶことはできない。
◆管理範囲
家族信託:管理する範囲は自由に定められる。
成年後見人(法定後見人):預金口座をはじめとする、本人のすべての財産。
◆費用
家族信託:信託契約のための費用以外はかからない。
成年後見人(法定後見人):専門家が関与した場合、報酬を支払わなければならない。
◆取り消し
家族信託:公正証書で取り消すことができる。
成年後見人(法定後見人):本人が亡くなるまで取り消すことはできない。
「家族信託」は契約書さえつくれば費用ゼロで安心が続く
家族信託において大切なのは、「誰に何を預けたいか」を明確にしておくこと。そのためには、あらかじめ契約書をつくっておく必要がある。
「まず、“預貯金を長男に”など、託したい財産と相手を決めておく。契約書の作成にあたっては、司法書士や弁護士など、専門家への依頼が必要です。家族信託の契約書は公正証書のため、公証役場で公証人の立ち合いのもと、契約を結ぶ必要があります。
作成期間は、数回の打ち合わせをしながら、3か月ほどはかかるとみた方がいい。費用は財産によってさまざまで、家一軒の数十万円から、財産が多い場合は数百万円かかることもあります」(曽根さん・以下同)
一方で、法定後見人の場合は月々数万円の報酬になるため、その方が金額は安く済むように感じられる。
だが、家族信託では、契約書作成のための初期費用さえ払ってしまえば、本人が認知症を発症したとしても、財産は先々まで信頼できる家族の管理下に置かれる。財産の分配も使い道も希望通りに指定することができるのが最大のメリットだ。他人に報酬を払わなくてもいいことを考えても、家族信託の方が圧倒的に安心できる。
曽根さんは、家族信託をするかどうかは、財産の金額次第だとも。
「不動産の賃貸管理や相続税対策が必要な家庭なら、家族信託がおすすめです。相続税は、『3000万円+600万円×法定相続人の数』までの金額なら非課税になるので、その範囲内の財産と、妻に相続または贈与する自宅だけであれば、あらかじめ任意後見人を指定しておくという手もあります」
「家族信託」はトラブル防止に遺言書を添えると確実
メリットばかりのように思えるが、親や夫に家族信託してほしい場合、トラブルはむしろ、提案時に起こりやすい。特に、子供から親に提案する場合は注意が必要だ。
「不動産などの名義を親から子供に変更しなければならないため、場合によっては“どうしていま必要なのか? 自分の財産を奪われるのではないか?”などと、理解を得られないケースもあるので、伝え方は慎重に。
また、名義を変える以上、自分ひとりだけで勝手に進めないこと。きょうだいなど、相続人全員が家族信託のことを把握していないとトラブルにつながり、その後の相続で問題が発生するおそれがあります」
家族の財産の管理・運用を“他人”ではなく、家族のものにしておく「家族信託」。うまく使えば、認知症対策にもなり、よりよい相続が期待できるだろう。
誰もが納得できる相続につなげるために、元気なうちにできるだけのことをしておきたい。
「専門家に相談して家族信託する場合は、遺言書もセットにした方がより確実です。何より、“親や夫の財産がどこにどれだけあって、誰にどれだけ分けるのか”という、相続において最も重要な情報がわかるので、その後のスムーズな相続につながりやすい」(明石さん)
ふだんから夫婦間、家族間で話し合っておく。まずそれができていれば、この先、相続の制度が大きく変わったとしても慌てずに済むはずだ。
※女性セブン2021年9月30日・10月7日号
https://josei7.com/
●家族信託のメリット|相続対策などにも有効。手続き、費用などを解説