『俺の家の話』最終話|「新しい人生」に踏み出した長瀬智也をまだ惜しみ足りない
介護がテーマのホームドラマ『俺の家の話』(TBS毎週金曜夜10時から)が、先週(3/26)最終回を迎えた。ドラマが始まってしばらくして、主人公である寿一(長瀬智也)が死んでしまったことがわかるという衝撃の展開! ついその前の回まで、父(西田敏行)の介護をし、危篤状態に付き添っていた寿一のほうが42歳の若さで逝ってしまうとは……。放送終了後も、SNSが驚きと涙で溢れ続けた最終回を、ドラマを愛するライター・大山くまおが解説します。
寿一が死んだ最終回
『俺の家の話』が終わった。
主演の長瀬智也がこの作品を最後に表舞台から退くのと、彼が演じる長男の寿一が死んでしまう衝撃のストーリーが相まって、放映直後から大きな話題となった。昨今のドラマファンが大好きな「伏線回収」も見事に決まっていたが、それより何より観終わった後の感動が大きかったことを書き記しておきたい。では、『俺の家の話』の最終回の何が感動的だったのだろうか。
人間国宝の寿三郎(西田敏行)は危篤状態から奇跡的に回復し、長女の舞(江口のりこ)、末弟の踊介(永山絢斗)、異母兄弟の寿限無(桐谷健太)も家に戻ってきていた。孫の大州(道枝駿佑)と秀生(羽村仁成)もいるし、ヘルパーのさくら(戸田恵梨香)もいる。観山家一家勢揃いだ。そして大晦日、寿三郎の介護をしながら能の稽古をしてきた長男の寿一(長瀬智也)は二度目のプロレス引退試合に臨む───。これが最終回前だった。
ところが最終回は火葬場の煙突から煙が上がっているカットから始まる。寿一が死んでしまったのだ。彼が愛してやまないプロレスが原因だった。
寿一と寿三郎のシックスセンス
あらためて伏線回収についておさらいしておこう。後から丁寧に説明されるが、特に前半を2回観ると「このシーンはこうだったのか!」と目からウロコがポロポロ落ちること請け合いだ。
家族での食事シーンは、寿一が話しても誰も返事をせず、寿三郎だけが寿一と話していて、他の家族は微妙な顔をして沈黙している。死んでしまった寿一が見えるのは寿三郎だけなのだとわかれば納得がいく。元妻のユカ(平岩紙)が観山家に立ち寄るようになったのも、寿一の遺骨に手を合わせにやってきていたから。
踊介が寿三郎の遺言書を捨てようとするのは書き換えが必要になったから。介護のことを兄弟で話しているとき、踊介は寿一について過去形で話している。アイスは受け取れないし、能を稽古していたら照明を消されてしまう。時折、踊介や寿限無が話しかけているが、寿一の遺影に呼びかけているだけ。
視聴者が寿一の死をはっきりと知るのは「新春能楽会」でのこと。「寿一がいねえんだよ」と訝しむ寿三郎に、すかさず舞が「大丈夫、いるから」と言い、寿限無が「見守ってくれてますよ、きっと、どこかで」と続ける。息子の秀生が涙を見せ、寿三郎に問い詰められた舞の目も赤くなっている。寿三郎に事実をはっきり告げたのはさくらだった。
寿一はプロレスのリングでの事故で死んでいた。寿一のなきがらが横たえられている控室で「もうダメなんですか?」と尋ねるさくらの声の普通すぎるトーンが、唐突すぎる死を表しつつ、とても哀しく響く。
第9話で長州力が寿三郎ではなく寿一に戒名をつけてしまったことや、死んだ子を親が思う「隅田川」という演目、「隅田川」について話しているときに寿一が「出てくるよ、だって会いてえもん!」と言うあたりも伏線だった。つまり、寿三郎に会いたい寿一が亡霊として現世に出てきていたのだ。いわばシックスセンス。
「観山寿一、享年42歳。だが、俺も親父も、そのことを受け入れられなかった」
人間家宝、観山寿一
新春能楽会の舞台脇に、寿一が風呂の準備をする格好で現れる。「隅田川」のセリフがぴったり合っている。
舞台の上では多動だった秀生がじっと出番を待った後、見事な舞を見せる。能の稽古と父の死を通じて成長していたのだ。舞台の脇で寿三郎に咎められて、ポカンとした顔で、でも悲しそうに舞台上を見る寿一の表情が素晴らしい。長瀬智也は「動」だけじゃなく「静」の表現も絶品だ。
「隅田川」の舞台は続く。寿限無が舞い、寿三郎が謡い、秀生も立派に舞台を務める。それを見届けながら、寿一の死を理解した寿三郎が寿一に語りかける。
「寿一、お前はたいしたもんだよ」
「え?」
「よくやったよ、みんなのことを笑顔にしてくれてさ。奮い立たせてくれて、人様の分まで戦って、待って、ケガして、笑って、そんなヤツいないよ。まぁ、国の宝にはなれなかったけど、家の宝にはなれたな。家宝にはなれたな。お前は観山家の人間家宝だよ。いよっ! 人間家宝、観山寿一!」
子どもの頃から寿三郎に一度も褒められたことがなくて、褒められたくて仕方がなくてプロレスラーにまでなった寿一が、初めて褒められた。しかも「人間家宝」という最大級の褒め言葉で。しかし、これが別れの言葉だと察した寿一は寂しそうな顔を見せる。亡くなった息子への父親からの言葉だと思うと胸が詰まる。これまでさんざん「人間国宝」と言ってきたのが伏線になって「人間家宝」というフレーズがより際立っていた。
観山寿一の新しい人生
家のため、家族のため、プロレスファンのため、寿一は奮戦を続けてきた。父親のため、息子のために何かできることはないかと考え、できる限りのことをやってきていた。「うまいか?」「楽しいか」としつこく家族に話しかけ続けてきたが、自分がしたいことはまったく見せなかった。
さくらには「自分がない」と呆れられていたが、それが40歳過ぎまでプロレスというやりたいことをやり続けてきたのに挫折した寿一の新しい人生なのだ。家族のために生きる。父親として、長男として生きる。そう決めてやり抜こうとしていたのだ。
『俺の家の話』は介護と相続をテーマにしたドラマだが、つまるところ、介護とは親子の関係に収斂するのだろう。実の子だからできないこともあれば、実の子だからできることもある。愛情もあれば、憎しみもある。言いたいことを言い合ってガス抜きをしたり、イベントだと考えたりしながら、誰かの助けを得たりしながら、介護の日々は続いていく。
家でのラストシーンで、寿一は長男らしくタブレットで「いただきます!」と言ってみせた。彼の役割はまだこの家の中で続くのだろう。
ところで、最後に長州力が寿一の姿を見つけてラリアートでぶっ倒される。これは伏線とかまったく関係のないドラマの「飛躍」である。飛躍がない物語はつまらない。それこそ、宮藤官九郎をはじめとするドラマ制作陣から「新しい人生」を送ろうとしている長瀬智也へのはなむけなんじゃないかと感じる。素晴らしいドラマを見せてくれた長瀬智也の「飛躍」を願う。
『俺の家の話』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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