長瀬智也×宮藤官九郎ドラマを配信で惜しむ。傑作『うぬぼれ刑事』も西田敏行が父!
「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。宮藤官九郎脚本、長瀬智也主演で感動の最終回を迎えた『俺の家の話』(TBS金曜夜10時〜)。俳優としての長瀬はこれが最後と噂されるだけに、惜しむ声がやまない。先々月の『池袋ウエストゲートパーク』、先月に『タイガー&ドラゴン』に続き、今月も宮藤&長瀬ゴールデンコースのドラマを振り返る。担当は昭和史とドラマを愛するライター・近藤正高さんが『うぬぼれ刑事(でか)』を解説します。
配信で見たら面白かった
先週終わったTBSの金曜ドラマ『俺の家の話』は、主演の長瀬智也にとって今月末に退所するジャニーズ事務所在籍中の最後のドラマとなった。彼の門出を飾ったのが、21年前の『池袋ウエストゲートパーク』以来、一緒になって数々の話題のドラマを生んできた脚本の宮藤官九郎、プロデューサーの磯山晶との作品だったというのが感慨深い。
筆者も『池袋ウエストゲートパーク』を深夜の再放送で見てハマってからというもの、この3人の組んだ作品はだいたいリアルタイムで見て、楽しませてもらってきた。しかし、そのなかで唯一、あまりピンと来なかったのが、今回とりあげる『うぬぼれ刑事』である。2010年7月期に放送されたこのドラマを、筆者はたしか初回だけ見て、その後は離脱してしまったのだった。
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その前に宮藤が長瀬と組んだドラマが『タイガー&ドラゴン』(2005年)で、毎回、古典落語を下敷きにエピソードがつくられ、西田敏行と岡田准一演じる落語家親子の葛藤なども描かれていた。それに対して『うぬぼれ刑事』は、やたらと惚れっぽい刑事が主人公で、メインとなるのも彼の恋模様とあって、テーマ性が薄い印象をおそらく受けたのだろう。
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それだけに翌年、優秀な脚本家に贈られる向田邦子賞を本作によって宮藤が受賞したのも意外だった。宮藤にはそれ以前にも『タイガー&ドラゴン』のほか、『木更津キャッツアイ』(2002年)や『吾輩は主婦である』(2006年)など賞にふさわしい作品はあったはずなのに、なぜこれが選ばれたのかと憤った記憶がある。
しかし、そうした印象も今回、11年ぶりに第1話を配信で見返して見事に覆された。思いのほか面白かったからだ。
加藤あい、蒼井優、樋口可南子、戸田恵梨香、薬師丸ひろ子……
長瀬智也演じる主人公の刑事、通称「うぬぼれ」(なぜか本名がなく、父親からもそう呼ばれている)は、毎回、誰か女性に一目惚れしては、相手も自分に惚れているとうぬぼれてみせる。そこから積極的に女性に接近し、話を聞き出すのだが、彼女たちはことごとく犯罪に手を染めており、結果的に彼のアプローチは犯行を証明してしまうことになる。毎回ラストでは、うぬぼれが相手の前に白いスーツ姿で現れたかと思うと、犯行の動機やトリックについて一通り推理した上で、婚姻届と逮捕状を差し出し、どちらかを選ぶよう迫るのがお約束だ。もちろん彼は婚姻届を選んでくれることを願っているのだが、たいていは逮捕状を選ばれてしまい、落胆する。
1話ごとに異なる女優がマドンナ役でゲスト出演しては、主人公がフラれるというのは、映画『男はつらいよ』シリーズの寅さんとほぼ同じパターンである。ただ、寅さんが旅から旅への気ままな暮らしを送っているのに対し、うぬぼれは里恵(中島美嘉)という女性と結婚を約束しながら、入籍直前に逃げられてしまい、いまは彼女と一緒に住むつもりで購入したマンションのローン返済に追われている分、寅さんよりもせつない。
そんなうぬぼれが里恵以外で惚れる相手は、ベテランから若手までバラエティに富んだ女優たちが演じている。1話から順にあげれば、加藤あい、蒼井優、樋口可南子、戸田恵梨香、薬師丸ひろ子、小雪、小泉今日子、三田佳子、光浦靖子、石田ゆり子、中村七之助といった顔ぶれだ。このうち七之助だけは男だが大衆演劇の女形として登場する。
「うぬぼれ」の周辺にいる人物もまた個性派ぞろいだ。勤務する世田谷通り署の上司・町田警部(小松和重)以下、同僚の登戸(ムロツヨシ)や婦警の小山(伊藤修子)と南(西慶子)に加え、警視庁から冴木(荒川良々)という刑事が現場経験を積むため自ら希望して同署に一時的に赴任してきて、うぬぼれと行動をともにする。冴木はとっつきにくい性格の上、エリート刑事のくせに字が汚くて酒癖も悪い。ほかのドラマでは変わり者を演じることの多いムロツヨシも、荒川良々の怪演の前にはどうも押されがちである。
坂東三津五郎の早世が惜しまれる
うぬぼれは他方で、以前より恋愛の師と仰いでいた心理学者で大学教授の栗橋(坂東三津五郎)をはじめ、パティシエの松岡(要潤)、カメラマンの穴井(おぎやはぎ・矢作兼)、役者の卵の本城サダメ(生田斗真)とたまたま入ったバー「I am I」で知り合う。夜な夜な恋愛トークを繰り広げる彼らを「うぬぼれ4」とひそかに名づけたのは、バーテンのゴロー(少路勇介)だ。このバーには玲子(森下愛子)というママがいるが、店に出るのはイレギュラーな上、だいたい声をつぶしていて客とはメモ帳を使って言葉を伝えている。栗橋にしても、玲子にしても、演じる坂東三津五郎と森下愛子の本来のイメージとはまったくかけ離れたキャラだが、思いのほかハマっていて驚かされた(三津五郎に関しては、せっかく新たな境地を拓いたにもかかわらず早世が惜しまれる)。
うぬぼれはバーに通ううち「うぬぼれ4」の面々と連帯意識を持つようになっていく。宮藤官九郎の作品といえば、『池袋ウエストゲートパーク』以来、男同士がグループ内で交わすバカ話のセリフに定評がある。その才能は本作でもいかんなく発揮され、さらに上記の配役によってますます磨きがかかっている。たとえば、栗橋教授がズレたことを言うと、矢作兼演じる穴井が絶妙の間でツッコミを入れるのは、おぎやはぎの漫才を彷彿とさせる(ちなみに矢作の相方・小木博明も本作の第5話で一場面だけ出演している)。
うぬぼれの父・西田敏行登場
本作にはさらに物語の進行上重要な人物として、うぬぼれの父・葉造(西田敏行)が登場する。じつは『うぬぼれ刑事』は、彼が息子の話をモデルに書いた小説シリーズというメタな設定になっている。もともと警視庁のエースだったうぬぼれが所轄署へ左遷となったのも、葉造の小説で、彼と元婚約者の里恵との馴れ初めを暴露されたのが原因だった。劇中ではこのシリーズがベストセラーになり、ドラマ化もされる。この劇中ドラマ版の『うぬぼれ刑事』の主演として、途中から「うぬぼれ4」のひとり本城サダメが大抜擢される。以後、ドラマのなかでは、劇中ドラマとしてサダメ主演の『うぬぼれ刑事』が、先に放送された回のエピソードが若干話を盛られて再演され、前回のあらすじ的な役割も担っている。
本作では、こうした二重構造の設定やエピソードがたびたび出てくる。第4話では戸田恵里香が2役を演じていて、それぞれうぬぼれとカメラマンの穴井のマドンナとして登場する。この設定にはちょっと頭を混乱させられるのだが、最後には意表を突く展開が待っていた。また、第7話では、小泉今日子演じる殺人事件の犯人が本名で指名手配されるなか、各地を転々とした末にうぬぼれたちの前に現れ、別の名前を名乗る。その偽名にもあるメッセージが隠されていたことが、あとになって判明する。こうした複雑な構造は、その後宮藤が手がけるNHKの朝ドラ『あまちゃん』(2013年)や大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(2019年)などで、より発展させた形で踏襲されていることは間違いない。
なお、第7話は、実際にあった殺人犯の逃亡事件を思わせる部分があり(犯人の触ったマラカスから指紋を採取したというのは、まんま現実の事件と同じだ)、しかもそこに、本作の放送直前に実施された殺人事件の時効廃止という出来事が物語の鍵として巧みに使われるなど、なかでもとくに完成度が高い。
続編がつくられないのは残念だが
ここまで書いてきたように『うぬぼれ刑事』は毎回、1話完結という形をとっているとはいえ、通して見ていくと、きちんと一篇の物語になっている。とりわけ、うぬぼれと里恵との関係は、思わぬ形で復活し、最終話ではそもそもなぜ彼女はうぬぼれのもとを去ったのか、2人が出会うきっかけとなったある事件の真相とともにあきらかとなる。
なお、『うぬぼれ刑事』では、作者の宮藤が自ら第1話、第2話、そして最終話の演出を手がけていることも特筆される。宮藤の演出回がそれ以外のディレクターの回と違うのは、俳優の演技が若干オーバーに見える点だろうか。とくにうぬぼれが感極まって公園を転げ回る様子は見ものである。
ただ、宮藤に演出を託したことをはじめ、かなり自由にさせたことは、ファン以外の視聴者にはちょっととっつきにくい印象を与えたかもしれない。宮藤は本作の脚本を収めた単行本のあとがきで、『うぬぼれ刑事』は自分にとって念願のライフワークにしたい企画であったが、《まあ続編的なものを制作するにはその〜ん〜〜視聴率ぅ〜〜〜?的なものが若干足りてないのは、いくらうぬぼれ脚本家でも分かります》と明かしていた(『うぬぼれ刑事』角川e文庫)。事実、現在まで本作の続編はつくられていない。
『うぬぼれ刑事』は、宮藤がドラマの世界に進出して10年の節目に手がけた作品であった。このあと彼は、『あまちゃん』では東日本大震災、『ゆとりですがなにか』(2016年)ではゆとり世代、そして『俺の家の話』では介護問題と、社会的なテーマも積極的に作品に取り込んでいくことになる。
そう考えると、いまになって再び宮藤が、この手のテーマ性が皆無な『うぬぼれ刑事』の続編を、かつてと同じ乗りで書けるのかと考えると、おそらく難しいだろう。うぬぼれの故郷である福島が、最終話放送の半年後の2011年3月に未曾有の大災害に見舞われたことを思えばなおさらである。
本作にはフォーマットとなるパターンがあり、相手役の女優を変えていけば、いくらでも新作がつくれそうなだけに、続編がつくられないのは残念ではある。だが、作家にとってある時期にしか書けない作品があるのもまた事実だろう。『うぬぼれ刑事』は宮藤官九郎というドラマ作家が第1期に区切りをつけ、次のステップへと移行するなかで書かれた傑作として見返すのが正しいのかもしれない。