兄がボケました~若年性認知症の家族の暮らし【第88回 新しい先生】
ずっと主治医だった医師が別の病院へ移ってしまい、担当医が変更になった若年性認知症の兄。今回は、新しい主治医との初めての診察の話だ。兄の通院に付き添ったツガエマナミコさんは、その日の心中を明かしてくれた。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
「この先生とはうまくやっていく自信がない」
「こんにちは。はじめまして、新しく担当になりました財前四郎(仮名)です」
5年間お世話になった先生が病院を去り、先日、新たな担当医との初対面を果たしてまいりました。以前の先生よりも確実に若い、30代と思しき先生で、背筋をピンと伸ばし、キリリとしたメガネ男子然としてパソコンに向き合っていらっしゃいました。
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「ツガエさんですね。宜しくお願いします。付き添いの方は…」
「妹のツガエです」
「え~っと、最近はどんな感じですか?」
と、確かそんな始まりだったと思います。
兄と向き合ったのはほんの一瞬で、その後はほぼわたくしとの会話に終始いたしました。印象としては兄には目もくれず、付き添いのわたくしを診察しているような感じでございました。そんなにわたくしが魅力的だったのでしょうか。あら、やだ、お若い…。
いいえ、そうではなく、訊くだけ無駄と言わんばかりに兄への問診を省略したのです。確かに兄はいつでも「特に変わってないですけど」と言うばかりで、詳細を語ることはありません。
「ああで、こうで」と症状を話すのはわたくしの役目。でも患者本人にまったく何も訊かないのはいかがなものかと、その時点でカチンときておりました。
そこからは、カチンカチンの連続で、前の先生との違いを思い知ったのでございます。
「申し送りでは、そろそろアリセプトを10mgにする時期と書いてありますので、それでいいですか?」とおっしゃったので、「薬を増やすのはちょっと怖いんですが…」と言うと、「どうしてですか?」と食い気味に質問されました。
その勢いにひるんでいると、さらに「何が怖いんですか?理由は?」と畳みかけられてしまい、「薬を増やすと乱暴になったりすると訊いたことがありますし…なんとなく薬は増やしたくなくて…」としどろもどろになっていると「この薬は、むしろ精神を落ち着かせるんです。この薬の一番大きな副作用は、胃腸の調子が悪くなる可能性があることです。書いてあるものを見せましょうか」と言って、薬辞典のようなものを開いて、「ここです。わかりますか?胃腸の不調ってあるでしょう。下の方にもいっぱい書いてありますけど、そっちは0.1%ぐらいのわずかな可能性を並べているだけ。いってみれば製薬会社の保険みたいなものですから」
わたくしは、ぐうの音も出ないほどに論破されてしまいました。
「この薬のこういう点が怖いとか、これが心配というならまだしも、なんとなくのイメージで怖いとか嫌というのはよくないですね。それはかえって症状を悪くしますよ」と言われ、わたくしは「そうですね。よくわかりました」と言うしかございませんでした。大げさに言えば床に額をこすりつけて「ははぁーっ、先生様。わたくしが間違っておりました。も、も、もう二度と申しません!」と言わされたような屈辱を味わったのでございます。
せめてもの抵抗で「薬は際限なく増えていくのでしょうか?」と訊くと、「アリセプトは最大が10mgですから、次の段階では違う薬をプラスすることになります」というお答えでした。「はぁ…、やっぱりどんどんお薬が増えるんですね」と渋い顔をしていると、「薬というのは受容体に作用するようにできているんです。わかりますか?受容体。薬によって作用する受容体が違うんです」と説明が始まりました。
録音したわけではないので正確ではないですが、わたくしが理解した範囲で申し上げると、アリセプトが作用する受容体は10mg以上飲んでも意味がないので、症状が進んだらほかの受容体に作用する薬を補っていくしかないということ。間違っていたら本当にすみません。ただ、症状が進めば進むほど薬が増えていくことは間違いないようでした。
そして、初回にして「この先生とはうまくやっていく自信がない」とブルーになったことも間違いございません。診察はもう少し続きがございます。それはまた次回に。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ