85才双子姉妹、切り盛りする食堂が大盛況で「今がいちばん幸せ」
早朝4時の大阪市南船場。昼間は活気あるビジネス街だが、今は人気もなく、鳥の鳴き声だけが響き渡る──
静寂が広がる街に、ふたりの小柄なおばあちゃんが手をつないで現れた。よく見るとその顔はうり二つ。
朝4時から21時まで毎日店に立つ
ふたりは古びた建物の前で立ち止まり、シャッターを開けて両手を合わせる。
「神々様おはようございます。阿弥陀如来様おはようございます。ご先祖様おはようございます。今日も元気で働かせてもらいます」
挨拶を終えると、真っ白な割烹着姿になり、台所に立つ。4升の米が入ったザルを両手で軽々と持ち上げ、大きな鍋に移して炊飯を始める。炊き上がるのを待つ間に人気メニューのカレーの仕込み。じゃがいもやにんじんの皮をむいて切り、大きなザルに入れる。その後、前日に仕込んだこんにゃくの炒め物に火をつけると、甘辛い香りがふわっとたちこめた──
ここは40年続く老舗食堂『十代橘』。この店を営むのは十代都喜子さん・葛野都司子さんの双子姉妹。ふたりは85才となった今も毎日店に立ち続け、看板娘としても地元の有名人だ。
『十代橘』のオープンは11時半。店を開けたそばから、お客さんが来るわ、来るわ。
「今日は何がある?」
「具だくさんみそ汁に小松菜のおひたし、かれいの煮つけにぺペロンチーノもあるよ!」
「お母さん、久しぶり!」
「あら、元気そうやん」
ポンポンと小気味よい会話が飛び交う店内は常に満員で、テイクアウトのお総菜コーナーには長蛇の列ができていた。
この日の日替わり定食は、メインの鶏の唐揚げに小鉢とみそ汁まで付いて、たったの700円。お総菜も酢の物やこんにゃくのピリ辛炒め、コロッケに切り干し大根など豊富なラインナップを誇り、その味つけは天下一品。ピリ辛のこんにゃくにはしっかり味がしみていて、酢の物はお酢のまろやかさがたまらない。
”国宝級におもしろい”話術がかくし味
お店のウリは味だけではない。身長150cmに満たない小さなおばあちゃんとのおしゃべりが“かくし味”というお客さんも少なくない。
ほぼ毎日通う40代のOLが言う。
「ふたりは私の元気の源。国宝級におもろいし、私が話したことを何でも覚えていてくれる。ふたりの顔を見ていると、しんどいことも大したことじゃないって思えてくる」
20年以上常連だと話す60代男性も、こう語る。
「近くに来た時は必ず寄っています。おかんみたいなもんで、顔見たらなんかホッとすんねん」
ランチタイムが終わると夜の仕込み。18時からは酒と肴を出す小料理屋としての営業が始まるのだ。ふたりは夜に備えて着物に着替え、髪をキレイにセットして口紅を引く。夜はしっとりした雰囲気の中でサラリーマンやOLたちが静かにお酒とおつまみを楽しんでいる。ふたりもお酒を片手にケラケラ笑いながらお客さんの話に耳を傾ける。お店の営業は23時までだが、21時になると共に切り盛りする息子たちに任せ、お店を上がる。
都喜子「4年前に病気するまでは23時まで店に立っててん。その頃は店の前にハイヤーがズラリと並んで、よう流行りましたんや」
都司子「ハハハハ。借金だらけやったけどよう返せたなあ」
姉は大腸がんの手術、入院を乗り越え
借金はなくなり、店は大繁盛。今度こそ平穏な生活が訪れると思いきや、ふたりにまたもや試練が訪れる。
2014年、都喜子さんにがんが見つかったのだ。
都喜子「ある日店の厨房で転んで油がかかって大やけど。救急搬送されて入院して治療していたら、その過程で大腸がんが見つかってん。だけど、すぐ治るやろうと思ったし、入院生活は本も読めるし窓から空は見えるし、幸せやったなあ。
病院におっても朝4時になったら目が覚めんねん。ほんでこの人(都司子さん)に向けて手を合わせる。“私だけこんな寝かせてもろてごめんね”って。それからまた寝るんやで(笑い)」
あっけらかんと話す姉をよそに都司子さんは病床の都喜子さんを思いやって毎晩、涙していたという。周囲は入院中の姉よりも、心配でやせ細っていく妹を心配した。
都司子「気になってんねんなぁ。もうこの人いてへんかったら、よう生きていかへんもん。いなくなったらどないしよかと思ったんや」
都喜子さんは手術後、驚異的な回復力を見せ、50日後に退院。その日から働き始めた。
都喜子さんの息子・隆史さんが振り返る。
「ちょっと動けるようになったらいつでも働けるようにベッドで足踏み100回やり始めたんです。退院した日かて、母が帰りのタクシーで『保険が出るなぁ』ってケラケラ笑ったら、運転手に見舞客と間違えられたほどや(笑い)」
「今がいちばん幸せ」
早朝から深夜までほぼ24時間、365日一緒にいるふたりは、「一度もけんかしたことない」と口を揃える。
都喜子「この人も私のことを慈しんでくれるし、私も大事に思う。仕事が終わった後ふたりで一杯やるのがいちばんの楽しみ」
都司子「金曜の夜は深夜の3時頃までふたりでお酒を飲むの。お店が休みの土日は都喜子さんは数字が好きだから帳簿づけして、私は好きな裁縫をして、夜はまた晩酌(笑い)」
どこまでもお互いを思いやる双子の姉妹は“この先”の人生に思いを馳せる。
都司子「習いたいこといっぱいある。ダンスも行きたいし三味線もやりたい」
都喜子「ふたりで『老後どないする、老後どないする』と言ってたら、息子に『おかん、今が老後や』って言われたで(笑い)」
都司子・都喜子「今がいちばん幸せや。双子に生まれてよかったわ!」
※女性セブン2018年5月31日号
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