認知症など要介護者が調理、接客する「奇跡のカフェ」レポート<1>
500万人超の認知症患者を抱える日本では、多くの当事者が自宅あるいは施設内で一日を過ごすことが多く、社会との接触機会が少ない環境で生活している。そんな中、長野県のあるカフェで行われているのは、真逆の試みだった。認知症患者が接客し、調理し、配膳するという「奇跡のカフェ」で、人の尊厳と希望を見た。
平均年齢82才が働く介護施設が開いたカフェに密着
次から次へと訪れる客に、厨房はてんてこ舞い。「配膳お願いねえ」「次、3番卓さん、お2人ですよ」「はいよ~」。
汗だくになりながら長ねぎを刻み、フライパンでご飯を炒め、スープを作る。洗い物の手が止まることもない。
店内で働く男女の平均年齢は82才。みな認知症などで介護を必要とする人たちである。だが、一連の動作はスムーズで、お皿に盛りつけたチャーハンはきれいなお椀形だ。包丁さばきも料理人そのもの。時おり配膳が遅れても、お客さんは静かに待っている。
ここは、長野県岡谷市の諏訪湖のほとりにあるオープンテラス『ぐらんまんまカフェ』。地元の介護施設が開いた、「要介護者と社会を繋ぐ」飲食店である。
同カフェがオープンしたのは2015年5月。岡谷市内の介護サービス会社「和が家」が介護施設の建物に併設した。ウッド調の室内とオープンデッキを組み合わせたおしゃれな外観が映える。
店名は「ぐらんま」(おばあちゃん)と「まんま」(ごはん)を組み合わせたものだ。ここでは79才から92才の介護を必要とする男女5人に施設の女性スタッフ3人が助っ人として働く。
カフェの営業は毎週火曜日のお昼限定で、女性セブン編集部記者が同店に密着したのは6月末のことだった。当日の午前10時、一番乗りで“出勤”したのは、戸田信子さん(78才・仮名)。この日は女性メンバー1人が体調不良でお休み。それを聞いた戸田さんが「じゃあがんばらなくちゃいけないね」と厨房に入ろうとすると、スタッフが慌てて声をかけた。
「戸田さん、エプロンしなくちゃね」
「そうだった。急ぎすぎちゃダメだね」と、照れ笑い。彼女は要介護2の認定を受け、認知症を患っている。
続いて到着したのは安藤文子さん(92才・仮名)と井本紀夫さん(90才・仮名)。最後に本田隆さん(72才・仮名)が自ら車を運転して現れ、メンバーが勢ぞろいした。
この日のランチメニューはチャーハンと麻婆豆腐、スープに杏仁豆腐の中華セット。4人は挨拶もそこそこに黒いギャルソン風のエプロンとグリーンキャップを身にまとい、黙々と下準備を始めた。
メンバーで唯一、アルコール依存症由来の要介護認定を受けた本田さんは、店の掃除を担当する。井本さんは手持ちのビニール袋からタオルにくるまれた砥石を取り出し、慣れた手つきで包丁を研ぎ始める。
「ここで働くまで包丁を研いだことはなかったけど、料理本を買ってきて勉強していたら、ようやく研ぎ方が肌でわかってきました。若い人には負けられないし、まだまだ学ぶことは多いよ。体力もつけなきゃいけないし、毎朝30分、ウオーキングもしています」(井本さん)
家事は体が覚えている。包丁でけがをすることもない
最高齢の安藤さんは包丁を使って調理するが、かまぼこ板からかまぼこを外そうとする際など、手が震えてうまくいかない。
それでもスタッフは、「安藤さん、上手ですね」と声をかけるだけだ。
「包丁、危なくないですか」という記者の問いかけに、スタッフの1人が答える。
「長年培ってきた家事仕事は体が覚えています。これまで手を切るなどのけがをしたことはありません」
実際、戸田さんの包丁さばきはお見事。長ねぎや玉ねぎなどを次々とみじん切りにしながら、食材をときどき口に入れて味を確かめる。ザーサイを口にしたときは、「ちょっとしょっぱい。塩抜きした方がいいね」と、スタッフに的確なアドバイスを送っていた。
戸田さんは他のメンバーより認知症が進んでいる。調理中も何度も包丁を持つ手を止めて、スタッフに同じことを尋ね、答えを聞いてみじん切りを再開しても、またすぐ同じことを尋ねる。
それでも、スタッフやメンバーは呆れたり短気になることなく、ごく当たり前のように同じことを答えていた。
※女性セブン2017年8月3日号