『俺の家の話』の原点!傑作ドラマ『タイガー&ドラゴン』の影響力が続く理由
「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。宮藤官九郎脚本、長瀬智也主演で話題を読んでいる冬ドラマ『俺の家の話』(TBS金曜夜10時〜)は、2005年に放送された『タイガー&ドラゴン』の構造を受け継いでいる。古典落語の師匠を演じる西田敏行にヤクザの長瀬が弟子入りする。師匠と弟子の交流は『俺の家の話』の父子関係に似ている。ドラマを愛するライター・大山くまおが解説します。
「俺の話を聞け!」のドラマ
ドラマを見たことはなくても、クレイジーケンバンドの主題歌には聞き覚えがあるはず。傑作ドラマ『タイガー&ドラゴン』が放送されたのは2005年のこと。もう16年も前なのかと驚いてしまう。昨年末に一挙再放送された折には、丸坊主姿で端役を演じる星野源の姿に驚いた若い視聴者も多かったようだ。
脚本は『池袋ウエストゲートパーク』(00年)、『木更津キャッツアイ』(02年)とヒット作を連発していた宮藤官九郎。主演は『池袋~』の長瀬智也と『木更津~』の岡田准一というジャニーズの若手ダブルエースを揃えつつ、伝統芸能の「落語」をテーマにした異色のドラマだった。
→長瀬智也×宮藤官九郎『池袋ウエストゲートパーク』窪塚洋介のキングに圧倒されて「ブクロ、サイコー!」
平均視聴率は12.8%と当時としてはふるわなかったが、作品は高い評価を受けて若者の間に爆発的な“落語ブーム”を巻き起こした。ドラマの影響でおじさん(あるいはおじいさん)の趣味だった落語の敷居が一気に下がり、若者たちが寄席に押し寄せたのだ。立川談四楼によると、新宿末広亭にやってきた女性客が長瀬智也と岡田准一の出番を尋ねたという珍エピソードもあったという(「まなびと」08年1月号)。とにもかくにも現在まで続く落語ブームの発火点になったのは、間違いなく『タイガー&ドラゴン』である。
なお、宮藤、長瀬に加え、西田敏行、演出の金子文紀、プロデューサーの磯山晶の組み合わせは、現在放送中のドラマ『俺の家の話』とまったく同じ。伝統芸能(落語、能)を絡めたストーリーも同じなら、長瀬と西田の関係が主軸になっているのも同じである。『俺の家の話』を観ている人で『タイガー&ドラゴン』を観ていない人は、この機会に観てみると面白いだろう。
古典落語の「本歌取り」
主人公はまったく笑わないヤクザの山崎虎児(長瀬)。ある日、借金取りのために見た林屋亭どん兵衛(西田)の落語に爆笑して感動した虎児は、借金のカタに無理やり弟子入りして「ヤクザと落語」の二足のわらじを履きつつ、古典落語を一席ずつ覚えていくことに。
しかし、話芸のセンスが決定的に皆無の虎児は落語で人を笑わせることができない。どん兵衛とケンカして家を飛び出した元天才落語家で今は売れない洋服屋オーナーの竜二(岡田准一)からヒントをもらいつつ、虎児は自分の身の回りで起こった面白い話を古典落語の筋にからめて話す「ノンフィクション落語」で売り出していく。
『タイガー&ドラゴン』の肝は、なんといっても古典落語のネタとストーリーが一体化しているところだ。前半で「芝浜」や「饅頭怖い」などの古典落語の筋が語られ(長瀬や西田が落語の登場人物の扮装で演じる)、中盤に落語のような出来事が起こり、最後に虎児がそれを「ノンフィクション落語」として客前で演じて喝采を浴びる。いわば古典落語の「本歌取り」を見事に決めた緻密な構成だった。ドラマと古典落語がリンクして進む手法は、能の演目とストーリーがリンクする『俺の家の話』でも一部踏襲されている。
名コンビ・長瀬智也&西田敏行
子どもの頃、両親が自殺して自分が笑うことも人を笑わせることも忘れてしまっていた虎児だったが、どん兵衛を中心とする師匠と家族(銀粉蝶、阿部サダヲ、猫背椿)と弟子たち(春風亭昇太、星野源、深水元基、浅利陽介)という大家族的なコミュニティで過ごすことで、どん兵衛に対して親子のような愛情を抱くようになる。しかし、やがて虎児はヤクザの抗争に巻き込まれていき、その姿を見た竜二は再び高座に上がる決意をする。
コミカルなシーン、バイオレンスのシーン、下町・浅草の寄席や落語の伝統文化と裏原の若者カルチャーなどが渾然一体となりつつ、見事に調和して最後は泣かせるオチに進むドラマは圧巻の一言。ヤクザの組長の笑福亭鶴瓶、その息子の塚本高史、竜二が経営する洋服屋の店員の蒼井優、竜二の友人の桐谷健太、落語マニアの荒川良々、落語好きのそば屋の尾美としのり、ろくでなしのヤクザの北村一輝など、脇役も芸達者揃いで観ていてまったく飽きない。松本まりか、大森南朋、古田新太、薬師丸ひろ子、小日向文世らゲストも大変豪華。
その中でも大きな見どころなのは、長瀬と西田の丁々発止のやりとりだ。弟子と師匠の二人の掛け合いはその後、息子と溺愛する父親を演じた『うぬぼれ刑事』(10年)を経て、複雑な愛憎関係の親子を演じる『俺の家の話』へと続いている。宮藤は「やっぱり、長瀬くんと西田さんのやり取りをいっぱい観たいんです」と語り、西田も「宮藤さんのホン(脚本)で長瀬くんと組ませてもらうっていうのが一番、俺にとっては理想に近いかたち」と語っている(「CREA」2021年2月5日)。
『タイガー&ドラゴン』の頃、長瀬は27歳で西田は58歳。イキのよかった若者と初老にさしかかった実力派の師匠が、16年後には夢破れた中年男と認知症を患い始めた師匠になったと思うと、別作品ではあるが趣深い。あのとき20代だった人たちも、もう親の介護に直面する世代になったということだ。
実はドラマより曲のほうが先だった
ここからは余談をいくつか。『タイガー&ドラゴン』には高田文夫が調子のいい落語家役で出演しているが、宮藤官九郎が高田文夫に憧れていたのは有名な話(中学生の頃に高田文夫が出演したお笑いオーディション番組で受けを取ろうとしてズボンを下ろして怒られたこともある)。ドラマの売れっ子脚本家になった宮藤と対談した高田が「新作落語書いてくれよ」と頼んで、そのリクエストに別の形で応えたのが『タイガー&ドラゴン』なのだという。ドラマの放送前に自身のコラムで「一気に落語の大ブームが来そうな予感」と書いた高田文夫の先見の明はさすがとしか言いようがない。
クレイジーケンバンドの「タイガー&ドラゴン」がリリースされたのは、ドラマ放送より3年も前の02年。リリース当時はまったく売れなかったが、たまたま「虎児」と「竜二」というキャラクターを考えていた宮藤官九郎がこの曲を聴き、「俺の話を聞け」という詞も落語家のストーリーに合っているからと採用を決めてドラマのタイトルにまでしてしまった。クレイジーケンバンドもこのドラマを機に一気にブレイクしたとリーダーの横山剣は振り返っている(「&M」2017年9月5日)。
『タイガー&ドラゴン』はまごうことなき傑作ドラマだが、男子校の内輪ノリ的な下ネタやお色気ギャグが登場したり、“魔性の女”メグミ(伊東美咲)の描かれ方が平板だったりと、今あらためて観ると「ん?」と思ってしまう部分がいくつもある。だからダメだというわけではもちろんなく、『俺の家の話』と比較して観てみると、16年という時代の変化ぶりや宮藤官九郎の成熟ぶり(“魔性の女”の描かれ方なども変化している)が楽しめると思う。全話配信されている今がチャンスなので、未見の方はぜひご覧あれ。
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
●『北の国から』は父の視点、子の視点、母の視点…あらゆる視点を内包する傑作である