兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第75回 兄とわたしの将来」
最近できないことが増えてきたという若年性認知症を患う兄と2人暮らしをするライターのツガエマナミコさん。仕事、兄にサポート、そして将来への不安…、ストレスが溜まる毎日だ。そんな中、ツガエさんが見つけたストレス解消法とは?
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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お1人様カラオケに通う理由
認知症だった亡き母時代まで遡ると、介護歴は通算8年になりました。溜まり続けるストレスを1人カラオケで発散し大いに楽しんでいるツガエでございます。
家にいると常に兄がわたくしの顔色をうかがっているので明るい気分になれず、一番リラックスできるはずのマイホームでストレスが抜けません。気が付けば週1ペースで一人カラオケへ通っております。
「しょうがない。これは通院と同じ。お薬もらいに行くんだから」と言い訳しながら、洋服や化粧品を節約してカラオケ代に注ぎ込んでおります。
カラオケ店では、少し前までお1人様は肩身が狭いものでございました。しかしながらコロナ禍で形勢が逆転いたしまして、今はむしろお1人様は歓迎ムード。「友達いないと思われそう」と伏し目がちだったわたくしも「1人だから誰にも感染させません」と胸を張って敷居をまたげるようになりました。お1人様だけの追加料金も今はなく(カラオケ料金は時期により変動します)、安くて空いていて、まさに1人カラオケ天国です。お蔭様で呆けた兄との2人暮らしでもなんとか精神崩壊を免れております。
また、家事をしながら、うろ覚えの新曲をマスターしようと頭を働かせることが精神衛生上、非常によいと感じております。次の通院(カラオケ)に備えて歌詞やメロディを必死で反復していると兄の行動がいちいち目に入らなくなり、存在を忘れられるのです。それに気づいてからは、より難易度の高い歌を選ぶようになりました。
YouTubeで何度でもミュージックビデオが視聴できる時代で本当によかった。無料で視聴している分、カラオケで山ほど歌って著作権料という形で還元させていただく所存でございます。
そんなわたくしも春が来れば58歳。先日鏡をながめて「こうやって歳を取っていくのだな」としみじみとしてしまいました。そのうちお婆さんの顔になって「ああ、わたくしもお婆さんになったんだ」と一層しみじみするときがくるのでしょう。
60歳に手が届く年齢になり「終活」という言葉が現実味を帯びて参りました。本来ならば、末っ子で独身ですから、お婆さんになっても自分のことだけ考えていればいいのですが、わたくしの場合は兄のことも考えなければなりません。
万が一のとき、誰に兄を託すのか…その1点だけでも答えが見つかりません。親戚に押し付けるわけにもいきませんし、まとまった蓄えもない。あ~あ、だめだ。またなにも進まない。動画が停止したときのように白い輪っかがクルクルと回ります。
父母が亡くなってから、「わたくしが兄の面倒をみなければならない」と気負って保険に3つも入ってしまい、若い頃からのと併せて4つの保険料を支払っております。みごとな保険貧乏でございまして「ひとつやめよう」と意を決するのですが、それが保険屋さんに言い出せなくて早1年が経過してしまいました。「NOと言えない日本人」の典型でございます。
わたくしが不慮の事故で死んでしまったときのために、今から成年後見制度を利用したほうがいいのか? そんなことも考えてはおります。でも制度の名前は知っていても中身はよく分からず、具体的にはなにも始められず、行政に相談に行く時間も捻出できません。
「いやいや、カラオケする時間を削れば、いくらでも時間あるんじゃないの?」というご意見、誠にもってその通りでございます。でも、明日死ぬかもしれないから…という理論でいつも快楽を選んでしまうのです。明日死ぬかもしれないから終活しなくちゃいけない、というお話なのに、いろいろ矛盾していることはご了承ください。
そうこうしているうちにも原稿の締切りは迫るし、毎日3度の食事を用意しなければならないしで、時間に追われる日々でございます。
兄は益々できることが少なくなり、出来上がったコーヒーをカップに注ぎ分けることすら手順に迷って時間がかかるようになりました。軽快にフィルターに豆をセットしてドヤ顔でサーブしていた頃からそんなに時間は経っていないのに、坂道は転がりだすと早いようです。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ