兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第55回 コーヒーと認知症」
若年性認知症を患う兄と2人暮らしのツガエマナミコさん。世の中がコロナ禍で大変な状況でも、どんなに外が暑くても、兄の日常は穏やかで、大きな変化がないようにと日々心がけているツガエさんですが、一見、同じように過ごしている生活の中にも、兄の様子には少しずつ変化が起き始め…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
兄はコーヒー好きなのですが…
我が家の1日は、コーヒーの香りとともに始まります。
え?そんなCMみたいな家庭でしたっけ?というお声が聞こえてきそうですが事実です。ゆったりソファとか、緑のお庭とか、おしゃれなカップ&ソーサーなどは一切ございませんが、コーヒーは毎朝、兄が安物のコーヒーメーカーで淹れてくれるのでございます。それが兄の数少ない日課であり、これだけは是が非でもやり続けてもらいたいと願っていることでございます。
兄は若い頃、喫茶店に勤めておりましたので、コーヒーにはそれなりに自負があり、コーヒーを振る舞うことが、どこか彼のアイデンティティでもあったように思います。両親が健在だった頃からずっとやり続けていることなので、このルーティンは忘れないだろうと思っていたのですが、最近は残念ながらいろいろと忘れてしまっております。
コーヒーを淹れる手順や、豆や水の分量を間違えるようになって、一口で胃が荒れそうなエスプレッソ濃度だったり、透き通るような超アメリカンだったり、お水ではなく熱湯からスタートしてしまい「コーヒーメーカーの氾濫」的な事態になったこともございます。
それどころか、近頃はコーヒーを淹れるという使命さえ忘れてしまうことも……。
朝リビングにやってきたらテレビを点けてそのままテレビを観続けるというふとどき者と化すのです。わたくしがパンや果物を準備して、新聞を取りに階下まで行って戻ってきても準備のジュの字もしていない。
「おにいさんや、コーヒーを淹れておくれでないかい?」とお願いすれば、兄は弾かれたように「あいよっ」と返事をして立ち上がります。すかさず「江戸っ子ですか」とツッコミを入れながら見守るわけですが、結局、手順が思い出せず、兄はフリーズしがち。でもわたくしはなるべく口を出さないようにしております。
しか~し!先日はびっくりいたしました。兄がコーヒーサーバーを見失い、ペーパーフィルターに豆をセットしたドリッパーだけを本体にセットしてスイッチを入れようとしたのでございます。
さすがに「待って待って、なんか足らなくない?」と口を出しました。「コーヒーがポタポタ落ちて溜まる入れ物がないじゃん」と言って、兄がサーバーを見つけ出すことを期待しました。なにしろわたくしの位置から兄の目の前にあるのが見えたからです。なのに兄は気づきません。あろうことかサーバーを一度手に持ったのに、しばし眺めてすっと置き、別のものを探し続けたのです。
このときのわたくしのガッカリ感をおわかりいただけるでしょうか…。
「コーヒーがアルツハイマー型認知症予防にいいらしい」と言われていることは、ずいぶん前から都市伝説のように聞いていました。わたくしが所有している13年も前の料理レシピ本にさえ「認知症予防効果が期待されている」と紹介されているくらいです。
でも、認知症だった亡き母は若い頃からコーヒーが好きな人でした。1日に何杯も飲んでいる印象があったのですが、彼女はしっかり認知症になってしまいました。兄もまたコーヒー好きでございます。なのでその都市伝説は“あてにならん”または “程度による”のだとわたくしは思っております。
そもそも認知症は、ストレスによって脳の中に蓄積する妙なタンパク質が、溜まりに溜まって悪事を働く病気でございます。その妙なタンパク質は、通常は少量のうちに排出されていくのですが、いつしか排出が間に合わなくなって長い年月の間に悪事を働く塊になるわけです。コーヒーはどうやらその排出を少しばかり助けてくれる効果があるとかないとか…。
1日3杯がいいとか、焙煎は深いほうがいいとか、長年飲み続けないと意味がないとか、いろいろ言われておりますけれども、わたくしが望むのは、毎朝兄が淹れてくれたコーヒーを飲みたいということ。ハートウォーミングな意味ではなく、せめてコーヒーを淹れる脳みそだけはキープしてほしいという(ハートクーリング?)な介護者目線でございます。
つづく…(次回は8月27日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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