蛭子能収が認知症発覚で始めた妻への家族信託|どんな制度?メリットは?
厚生労働省の予測データによれば、2025年には約730万人が認知症を発症。これは、65才以上の5人に1人にあたるという。もはや“国民病”になる日も近い認知症。もし、自分や家族が発症したら、お金で困らないために何ができるか。知っておきたい制度とは──
テレビ番組が蛭子さんの認知症診断に密着
漫画家でタレントの蛭子能収さん(72才)といえば、おっとりとした性格ながら、時折飛び出す“空気を読まない言動”で、お茶の間の人気者になった。だが、その言動をめぐり、笑えない状況になっているという。
岐阜・岐南市のとあるクリニック。停車した車から降り立った蛭子さんは、「自分がなぜここに来たのかわからない」とつぶやく。横から妻が「クリニックで診察を受けるの。事前に話しました」と伝えるが、蛭子さんは「ちゃんと聞いていなかった…」と表情を曇らせた。
これは、7月9日に放送された『主治医が見つかる診療所』(テレビ東京系)でのワンシーンだ。今年に入ってから物忘れがひどくなり、日常生活にも支障をきたすようになったという蛭子さん。すでに通院を始めているが、セカンドオピニオンとして、全国から認知症患者が訪れるこのクリニックを受診したのだ。
番組では診断の様子にも密着。蛭子さんが長年にわたって出演した番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』(テレビ東京系)の最終回の出演者を思い出せない、かんたんな計算問題が解けず混乱するなどの様子が見受けられた。ほかにも、「洗濯物を見て、私が倒れていると思って叫んだ」と妻が証言するなど、幻視の症状も明らかに。
「昨年頃からロケや打ち合わせの最中にボーっとしていることが格段に増えたんです。収録中も自分のせりふを忘れてしまうことが多く、これはただごとではないと感じました」(テレビ局関係者)
アルツハイマー病とレビー小体病を併発している可能性が高い
このクリニックで、蛭子さんはアルツハイマー病とレビー小体病を併発している可能性が高いと診断された。レビー小体病とは、「レビー小体」というたんぱく質の一種が脳に蓄積し、神経細胞が破壊される病気。アルツハイマー病に次いで認知症の主な原因となることも知られている。現在、蛭子さんを支えているのは2007年に再婚した19才年下の妻A子さんだ。
「蛭子さんには、前の奥さんとの間に2人のお子さんがいますが、すでに独立していて、孫も生まれています。子供たちは、2001年に自分たちの母親が亡くなった後、再婚してくれたA子さんに感謝しているそうです。蛭子さんも『認知症が進んでもA子に迷惑をかけたくない』『相続で家族が混乱しないようにしたい』という妻や家族への思いが強かったからこそ、今回、相続の準備に踏み切ったのではないでしょうか」(知人)
蛭子さんが準備した家族信託とは
その準備というのが「家族信託」だ。家族信託とは、判断能力が低下した人に代わり、不動産や金融資産などの財産全般を家族で管理する仕組みだ。今年に入ってから、蛭子さんは、A子さんと住んでいるマンションを彼女に信託している。
「認知症や脳梗塞などで判断能力が低下したとみなされると、原則として銀行口座は凍結、不動産手続きも行えず、自分でも家族でも財産を処分することができなくなってしまいます。そうなる前に、財産の名義を本人(委託者)から、妻や子供など(受託者)に移し、自分に代わって財産の管理や運用、売却などの処分を行ってもらう制度です。信託された財産から生じる収益や、処分時の売却益の受け取り人は、本人や家族(受益者)を指定できます」(相続実務士の曽根恵子さん)
→家族信託のメリット|相続対策などにも有効。手続き、費用などを解説
蛭子さんの場合は、A子さんが受託者となり、自宅を信託したことになる。家族信託の手続きは、公証役場で行うのが一般的。司法書士や弁護士などの専門家に相談し契約を行う。では、生前に財産を引き渡す生前贈与とは何が違うのだろうか。
生前贈与と家族信託の違い
「生前贈与は所有権そのものを渡すので、贈与を受けた人は、自分のためにその財産を使うことができますが、贈与税も発生します。一方、家族信託は、あげるのではなく“預ける”だけ。便宜上、名義は変わりますが預かった財産なので受託者は自分の利益のためだけに使うことはできない。また、年に一度、家庭裁判所に状況を報告する義務が生じます。ただ、生前贈与と違って贈与税はかかりません」(曽根さん)
家族信託は、認知症対策にはもってこいの制度だとされている。蛭子さんの場合は、家族信託によってどのようなメリットがあると考えられるのだろうか。
「将来的に蛭子さんが施設に入り、奥さんがひとりになったと仮定しましょう。その場合、信託していないと、奥さんが住み替えたいと思っても、賃貸に出したり売却することができません。信託していれば、奥さんが貸したり処分したりできるので、より不安のない生活が送れるわけです」(曽根さん)
家族信託でできること
さまざまな財産の管理を家族に託すことが可能。信託したい内容を弁護士や司法書士などの専門家と相談し、目録を作成する。●不動産の改修・売却
●銀行口座からの引き出し
●株式の継承
●不動産事業の継承
●財産の相続先の指定
●定期預金の解約
家族信託の注意点
安くない費用がかかる
一方、注意点もある。1つは決して安くはない費用がかかってしまう、という点だ。契約には法律知識が必要なので、弁護士や司法書士といった専門家に相談するが、契約書の作成費用は、
「不動産の評価額や預金残高によって異なります。専門家の報酬額は財産の1%程度です」(曽根さん)という。
認知症が進んでからは手遅れの可能性も
家族信託の難しさは、信託を行うタイミングにある。
「家族信託には本人の意思確認が必要なので、認知症が進んでからではできません。契約書を作るには、専門家と何度か面談するなど2~3か月はかかります。あっという間に症状が進んでしまう人もいるので、認知症の診断が出る前、つまり物忘れが多くなったかなと感じた段階で準備を進めるようにしましょう」(曽根さん)
認知症が進行する前の手続きが大切
実際に、認知症が進んでから「家族信託をやっておくべきだった」と後悔している人は多い。
「母は分譲マンションにひとり暮らしをしていて、私が面倒を見に行っていました。でも、認知症が進行したため、私の家に引きとって一緒に暮らすことに。母が住んでいたマンションは不要になったのですが、認知症で意思能力が低下していることを理由に、売却ができませんでした。こうなると亡くなるまで、何もできません。今後のためにまとまった資金を作っておきたかったのですが、あてが外れました」(奈良県・53才の主婦)
また、銀行口座が凍結されて困ったという例もある。
「父が認知症になり、施設に入ることになりました。入所費用のために父名義の定期預金を解約しようと思い、父といっしょに銀行に出向いたのですが、意思能力の衰えを理由に口座が凍結されてしまったんです。その結果、父の施設入居費から、医療費の一切を私が立て替えることになりました。どうせ、私が親の財産を相続するのですが、このままだと、私の貯金が減り続ける一方で、年金をどんどん蓄え続ける親の財産が増え、相続時に相続税がかかるという最悪の事態になってしまうかもしれません…」(神奈川県・62才の主婦)
→認知症が疑われ「銀行口座が凍結」すると本人も子供も引き出せない
自分の体の変化に気づいた蛭子さんは、こうした事態を招く前に迅速に動いていた。愛する妻への神対応といえるのかもしれない。
※女性セブン2020年8月13日号
https://josei7.com/