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連載

シニア特急~初老の歴史家、ウェールズを征く~<17>【連載 エッセイ】

 長年、イギリス史を研究してきた、歴史家でエッセイストの桜井俊彰氏は、60代半ばにして、自身にとって「行かなければいけない場所」であったウェールズへの旅に出かけます。

 桜井さんのウェールズ旅の軌跡を、歴史の解説とともに綴った、新しいカタチの「歴史エッセイ」で若いときには気づかない発見や感動を…。

 シニア世代だからこそ得られる喜びと教養を堪能してください。

 さあ、『シニア特急』の旅をご一緒しましょう!

【前回までのあらすじ】

 ウェールズの大聖堂「セント・デイヴィッズ」にゆかりの深い『ジェラルド・オブ・ウェールズ』の本を日本人向けに出版した桜井氏は、「セント・デイヴィッズ」に訪れ、その著作を寄贈することを夢見ていた。

 そして、ついに念願が叶い、ウェールズへの旅へ出発する。

 飛行機、列車、バスを乗り継ぎ、無事に目的地である大聖堂「セント・デイヴィッズ」のある街、セント・デイヴィッズに到着した。

 宿はB&Bの「Ty Helyg(ティー・へリグ)」。早速、訪れた大聖堂は土地の谷底にそびえ建っていた。神聖なる聖堂の中へ入り、ついにジェラルド・オブ・ウェールズの石棺に出合う!そして、ジェラルドについて記した自著を大聖堂「セント・デイヴィッズ」へ献上したのだった。さらに、翌朝、再び「セント・デイヴィッズ」を訪れた際、教会の幹部聖職者である参事司祭に出会い、前日渡した本のお礼を言われるのだった。宿に戻って朝食を摂り、いよいよ次の目的地、ペンブロークへ向かう準備をする。

→第16回までを読む

 * * *

(2017/4/11 セント・デイヴィッズ→ハーバーフォードウェスト)

●さらばセント・デイヴィッズ、「ティー・ヘリグ」

 ふと、空を見上げた。紺碧の空に、何条ものまっすぐな白い線が東西に続いている。

 ジェット機による飛行機雲だ。セント・デイヴィッズの町の空は飛行機雲がやたらに多い。そのことは昨日ここに着いてすぐに気がついた。カテドラルの真上の青空にも何本もの白い線が横切っていた。

「戦闘機がよく演習しているようだね。空軍基地でも近くに?」

 グレッグに尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「あれは、旅客機の飛行機雲だよ。ちょうどここは北米や南米に向かう旅客機の空路の真下なんだ。上を通るのはロンドンやヨーロッパから出発した飛行機で、反対側の北米や南米からの飛行機もこの上を通る。今日みたいに晴れると空がとても賑やかに見える」

 旅客機か。戦闘機ではいなんだ。それにしても多いな。そうか、大西洋の文化なのだ。

 私はこのとき、今さらながらに我々日本人には大西洋の概念が欠落しているということを思い知った。

 世界史を理解し正しい世界観を養うには、日本人がふだん見慣れた太平洋を真ん中にした世界地図はたいして有益ではない。

 人や物を含め、ヨーロッパと北米、南米間では昔から莫大な量の交流交易があった。よって、地理概念の正確な把握を含めた世界史観を育てるには、大西洋を真ん中に据えた地図で学習しないとダメなのである。

 俗な話だが、大して面白くもないディズニーの海賊映画が、なんであんなに性懲りもなくシリーズ化されているのか、我々日本人にはとんと理解できない。

 ところが、ジョニー・デップが好きではなくても、欧米人にはその映画の背景は理解できる。

 カリブ海を根城にする海賊はかつて大西洋航路の貿易船には危険な存在であり、船乗りたちから恐れられた。

 欧米に海賊映画が多いのも大西洋貿易の重層な歴史があることに由来がある。だから、ディズニーのあの映画は、何作製作されようが、欧米ではそこそこ観客が入るのである。

 古(いにしえ)より巡礼者たちが辿った道の上を、いま空の大動脈が走っている。

 人の路であるのは今も昔も変わらないな、と思った。

 空から海に視線を移し、平和な湾をしばらく眺めていた。もう一度、セント・デイヴィッズに戻ってくるぞと、心に誓いながら。

 そろそろバス停に行かなければならない。私は庭から建物に入り、2階の部屋にからスーツケースとショルダーバッグを持って下りてきた。

「ありがとう。くつろげたし、楽しかった」

「また、きてね。トシ。今度は奥様と」

 私はエリンに約束した。

「うん、ここのことはマイ・ワイフに必ず伝える。私が来られなかったとしても、彼女はきっとくる。旅が好きだし、生まれてから一度も熱を出したことがないほど、体は神様みたいに頑丈だから」

 グレッグとエリンは笑った。

 二人に見送られ、私はこの素晴らしい宿を後にし、道路を横切って反対側車線のセント・デイヴィッズ・スクールのバス停に立った。

 車はあんまり走っていない。ぽつんとバスを待つ。

 11時3分。西の方向を見る。きた。「411」が。時間ぴったりだ。やるじゃないか。

VII これぞカッスル、ペンブローク城【1】

●ハーバーフォードウェスト・バスステーション5番スポット

 来た時と同じように「411のバス」は飛ばしながら、車内中にガタガタとすさまじい音を響かせながら、ハーバーフォードウェスト・バスステーションの5番スポットに着いた。

 ここは「411」の終点ではなく、バスはハーバーフォードウェスト駅まで行く。そこは行きに私が乗ったところである。

 だが、今日下りる場所は駅ではなくこのバスステーションである。

 私は、バスの乗り継ぎがよければ、この「411」を下りたところと同じ5番スポットから、10分後の11時50分に出るペンブローク行きの「348のバス」に乗る、と決めていた。

 そして、運悪く「411」のバスが遅れて、時間通りに「348」に乗り継ぎができなかったら、その時はタクシーで行くことにしていた。幸い、バスステーション付近にはタクシー会社が複数ある。

「411」に乗っていた乗客のほぼすべてが、このハーバーフォードウェスト・バスステーションで降りた。

 私は降りたところですぐに時計をみた。ちょうど12時である。「411」の到着は遅れたのだった。

 急ぎ私は5番スポットの時刻表を確認する。WEBで調べていた通り、「348」はやはり11時50発である。

 やれやれ、行ってしまった。

 もう1時間待つのか。タクシーで行くか、と気持ちを切り替えようとしたとき、ここ5番スポットでバスを待っている人が結構いるのにすぐに気が付いた。

 もしかしたら、まだ「348」は来てないのかな?

「411」が遅れたのなら、「348」も遅れているのかもしれない。だからこんなに人が待っているのだ。そうに違いないと、にわかに楽観論者になり、私もバスを待つことにした。

 そのとたん、「348」がバスステーションに入ってきて5番スポットに停まった。

 やったあ、である。

 もちろん、私はバスに乗り込むとき、運転手にこのバスはペンブローク・カッスルに行くかと尋ね、その確認を取ったのは言うまでもない。

 目的地までの運賃4ポンド90ペンスを支払う。これがタクシーだったら、チップも含めこの10倍近い料金になるわけで、やっぱりバスでよかったと安堵する。

 グレッグ、ありがとう。土地の人のアドバイスほどありがたいものはない。

 私は例によって運転手のすぐ斜め後ろの席に座る。

 バスは全座席の7割ほどの客を乗せ、出発した。これからいよいよペンブローク城に向かうのである。

 セント・デイヴィッズ同様に、私のウェールズ史関連の次作でも重要な役割を持つこの城は、今回の旅の目玉の一つなのだ。

 →18回を読む

→このシリーズのバックナンバーを読む

桜井俊彰

桜井俊彰(さくらいとしあき)

1952年生まれ。東京都出身。歴史家、エッセイスト。1975年、國學院大學文学部史学科卒業。広告会社でコピーライターとして雑誌、新聞、CM等の広告制作に長く携わり、その後フリーとして独立。不惑を間近に、英国史の勉学を深めたいという気持ちを抑えがたく、猛烈に英語の勉強を開始。家族を連れて、長州の伊藤博文や井上馨、また夏目漱石らが留学した日本の近代と所縁の深い英国ロンドン大学ユニバシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の史学科大学院中世学専攻修士課程(M.A.in Medieval Studies)に入学。1997年、同課程を修了。新著は『物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 』(集英社新書)。他の主なる著書に『消えたイングランド王国 』『イングランド王国と闘った男―ジェラルド・オブ・ウェールズの時代 』『イングランド王国前史―アングロサクソン七王国物語 』『英語は40歳を過ぎてから―インターネット時代対応』『僕のロンドン―家族みんなで英国留学 奮闘篇』などがある。著者のプロフィール写真の撮影は、著者夫人で料理研究家の桜井昌代さん。

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