倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.71「夫に見せたかった娘の制服姿」
漫画家の倉田真由美さんの夫、叶井俊太郎さん(享年56)は子育てに熱心な父親だったという。そんな叶井さんから初めて「すい臓がんかもしれない」と知らされたときのこと――。亡き夫を想う、春のエピソード。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。新著『抗がん剤を使わなかった夫』(古書みつけ)が発売中。
亡き夫を想う春
この春、娘は高校一年生になります。
先日、真新しい制服が届きました。娘に「着てみてよ」と催促しましたが、「入学式当日でいい」と言われてしまい、まだ高校の制服姿を見ていません。
夫に見せたかったなあ。
どうしても、こう思ってしまいます。
22年の初夏、夫に黄疸が出て病院を梯子して原因を探っていた時、3軒目に行った国立病院で初めて膵臓癌の可能性を指摘されました。ただ、その時点では可能性というだけではっきりとした診断はされていません。私がそれを聞いたのは、夫からの電話でした。
「俺、すい臓がんかもしれないって」
仕事で関西に泊まりで出張していた、今日帰宅するという日の午前中の電話でした。青天の霹靂の報告で、私はショックで咄嗟に言葉が出ませんでした。
「もしすい臓がんなら、3年生きられないだろうって。ココの高校の制服姿、見たかったな」
この後、しばらく夫と話したはずですが内容はまったく覚えていません。最初の「すい臓がんかも」という報告、そして「娘の高校の制服が見たかったな」という夫が吐露した言葉だけが強く印象に残っています。これは夫が「自分の余命が長くないかも」と知った時に、一番最初に思ったことだと思います。
だけど夫は、この日以降娘の高校の制服姿を見たかった、と再び言うことはありませんでした。私に電話で話した、この時だけです。何事にもあまり未練を持たない夫らしいな、と思います。
でも、私は未練がましい人間です。夫に娘の高校の制服姿を見せたかった。もう一度、桜を見せたかった。もう一度、もう一度、もう一度。何かにつけてそう思ってしまいます。これは、一生続くのかなあ。
今日は2、3週間遅れの少しだけ季節はずれのつくしの群生を見つけました。野草など夫は食べたがることはありませんでしたが、甘く味付けしたつくしの卵とじだけは喜んで食べていたことを覚えています。
都会育ちの夫はあまり食べたことがなかったつくし、私も都会での結婚生活で一度だけしか食卓に上げたことのないつくし。夫にもう一度、食べさせてあげたかったなあ。