映画『八重子のハミング』夫役の升毅が語る”とてつもない愛”
4月19日、東京・代々木で映画『八重子のハミング』のプレミアム試写会が開かれ、大盛況に終わった。同名ノンフィクション(陽信孝著)を原作にしたこの映画が描くのは、夫婦の極限の愛である。
舞台は山口県萩市。50代前半で若年性アルツハイマーを発症した妻・八重子は、徐々に自我を失い、家族を忘れ、最後は自分の排泄物を食する。かつて音楽教師だった彼女は、言葉を失くした後も、好きな歌をハミングし続けた。
そんな妻を10年以上もの間献身的に介護し続けた夫の誠吾。自身も3度のがんで闘病しながら、赤子に戻る妻を最後まで命がけで支える。5月6日の全国ロードショーを控えた同作、劇中での病んでいく妻を支えた夫役を演じた升毅(61才)が思いを語った。
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綺麗事ではない介護の現実を突きつけられ
(佐々部清)監督からオファーをいただき、二つ返事で引き受けました。夫婦と介護の物語というのは、現代社会の象徴のような話ですからね。でも、その後に原作を読んで、とんでもない作品を引き受けてしまったな、と悩みました。
一章ごとに涙が溢れてしまい、先に進めないんです。いったん本を閉じてクールダウンしてからまた読むという繰り返し。綺麗事ではない介護の現実を突きつけられて、本当に演じられるのかと自信がなくなったんです。
実際、撮影前の役作りには苦労しました。通常は、ああしよう、こうしようと役のイメージを膨らませながらさまざまなプランを用意しますが、今回は『究極の愛』ともいえる夫婦像を前に、手がかりさえ見つからない。“どうすればいいのか?”と自問自答する毎日でした。
それでも撮影が始まると、当たり前のように妻と一緒にいて、当たり前のように妻を介護したいという気持ちが内側から溢れてきました。もちろん監督やスタッフのおかげでもあるけど、撮影開始まで悩み続けたことで、陽さんの気持ちがぼくの心と体に染みわたっていったのだと思います。
事前に監督から言われたのは、「撮影期間中だけでいいから、八重子役の高橋洋子さんをたまらなく好きでいてください」ということだけ。その言通り、演じるというよりも、愛する妻を思う夫の気持ちに寄り添いました。
怒りには限界があるが愛には限界がない
下の世話をする場面も、大好きな八重子のために、“してあげたいことをした”だけなんです。その瞬間瞬間に思ったまま、感じたままの演技を心がけました。
とてつもない愛だな、と改めて思います。正直、自分だったら同じことはできない。でも陽さんのような人が現実に存在することは励みになります。何万分の一でもいいから彼のような優しさを持ちたいな、とも思いました。
原作にも映画にも、「怒りには限界があるが優しさには限界がない」という言葉が出てきます。私は最初、この言葉を深く理解できませんでした。
でもある時、気づいたんです。それは“優しさの総量”が増えていくことではなく、毎日毎日、相手に“同じだけの優しさを与え続ける”ことなのだと。次の日も、また次の日も、八重子がどんなに変わっても永遠に愛し続ける。それこそが「優しさには限界がない」という言葉の真の意味なのではないかと思うのです。
舞台となった山口県で先行上映した時は、実際に陽さん夫婦のことを知っているかたが大勢いらして、「そっくりじゃったよ」と声をかけてくれました。映画を見て感極まり、「次は主人と見に来ます」と言ってくれるかたも多かった。心から嬉しかった。
この映画のテーマは介護であると同時に、夫婦の純愛でもあります。シニア層だけでなく若い人たちまで、すべての人々の心に刺さる作品だと信じています。
※女性セブン2017年5月11・18日号
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