元ヤングケアラーが注目する最新映画2選「家族の障害を受け入れるのに必要なこと」
母のケアを続けながら元ヤングケアラーとして執筆や講演活動を行うたろべえさんこと高橋唯さんが、気になっていた2本の映画『弟は僕のヒーロー』『わたしのかあさん —天使の詩―』。話題の2作品を鑑賞し、ヤングケアラーの視点から、映画の注目ポイントを綴ってくれた。
執筆/たろべえ(高橋唯)さん
「たろべえ」の名で、ケアラーとしての体験をもとにブログやSNSなどで情報を発信。本名は高橋唯(高ははしごだか)。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。ヤングケアラーに関する講演や活動も積極的に行うほか、著書『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。 https://ameblo.jp/tarobee1515/
家族の障害を受容していく2本の映画
私の母は高校時代に交通事故に遭い、片麻痺と高次脳機能障害が残った。私は生まれたときから障害のある母と暮らしてきたが、小さい頃から母の障害については「そういうもの」と思っていて、受け入れるのに苦労した記憶はあまりない。
しかし、過去に母が抱えていたアルコール依存症については、「なんで母はお酒を飲んでしまうのだろう」「私が悪いのだろうか」などといろいろなことを考えて不安になることも多かった。
最近観た2本の映画では、どちらも思春期の少年少女が家族の障害を受容していく様子が描かれていた。子どもが家族の障害を受容していく過程では、なにが必要なのか、映画を観て考えてみた。
『弟は僕のヒーロー』
1作品目は、イタリアのとある兄弟を描いた『弟は僕のヒーロー』だ。
主人公のジャックは、5才の時に初めての弟ジョーが生まれて大喜びする。両親からジョーは「特別」な子だと聞かされていたが、やがてそれはジョーがダウン症であるという意味だと知る。
思春期を迎えたジャックは、思いを寄せる女の子に対してある嘘をつく。その嘘が、街中を巻き込む大騒動を引き起こしていくという物語だ。
ジャックは好きな子の気を引きたいがために、障害のある弟を隠そうとして、とある嘘をついてしまう。
しかし、思春期のジャックが隠したかったのは、ダウン症の弟の将来を不安に思う気持ちだったのではないかと感じた。
カッコつけたいジャックは周りに弱さを見せられない。だけど、ひとりで不安に向き合うことができるほど成熟しているわけでもない。自分自身にも嘘をついて、弟が心配でたまらない気持ちを隠そうと必死になっているように見えた。
終盤、ジャックの父が「(障害のある弟ではなくて)本当は自分が恥ずかしいんだろう」とジャックを諭す。この言葉は、今の自分にも重なる部分が大きかった。
私自身、本当は母に優しくしたいのに、それができない。でも、人にはよい自分を見せたい。母と自分をどちらも大切にすることができない不器用な自分がイヤ。母のことよりも、大嫌いな自分を隠したいと思うことの方がずっと多かった。
ジャックはとにかく思春期全開で、可愛らしく、危うく、昔の自分を思い出して気恥ずかしくもなる。そしてなにより、まだまだ幼くて弱い。観ていると自分の弱さにも気がつく。だけど、そんな弱さも、ジョーを含むイタリアの明るいファミリーにハグで包み込んでもらえるような、ありのままの自分でいることを応援してもらえるような映画だ。
【データ】
『弟は僕のヒーロ―』
監督:ステファノ・チパーニ 原作:ジャコモ・マッツァリオール
出演:アレッサンドロ・ガスマン、イザベラ・ラゴネーゼほか。
配給:ミモザフィルムズ 提供:日本イタリア映画社
東京・シネスイッチ銀座などで公開中
公式サイト:https://mimosafilms.com/hero/
(C)COPYRIGHT 2019 PACO CINEMATOGRAFICA S.R.L. NEO ART PRODUCCIONES S.L.
『わたしのかあさん —天使の詩―』
2作品目は、知的障害のある両親のもとに生まれた娘の想いを描いた『わたしのかあさん ー天使の詩ー』だ。
小学3年生の山川高子は、同級生に母親を見られたくなくて、授業参観のお知らせを隠していた。しかし、母の清子は授業参観にやってきてしまい、騒がしくおどけて周囲から失笑を買ってしまう。その後、ひょんなことから両親が知的障害者であることを知り、高子は「恥ずかしい」と反発するが、次第に母のまっすぐな愛情を理解して受け入れ、大人になって障害者特別支援施設の園長になる。
筆者は全国各地で行われている上映会で映画を観てきたのだが、映画上映前には山田火砂子監督による挨拶の時間が設けられていた。
山田監督が挨拶の中で「映画は本来、娯楽なので楽しくなければ」とおっしゃっていた通り、映画の中にはユーモラスで思わず笑ってしまうシーンがたくさん散りばめられている。私が特に印象に残ったのは、山田邦子さんらが演じるご近所の老人たちが、面白おかしいやりとりを繰り広げるシーンだ。
老人たちを見ていたある少年がふと「なんだ、みんなボケてるじゃないか」ともらす。笑える場面ではありつつも、「誰しもできないことがあって当然」「自分もいつかはボケるかも」というメッセージが込められているように感じた。高子が母に抱く感情の変化、「もしかしたら障害があるのは自分だったかもしれない」という想いと重なる気がした。
御年92才で国内最高齢の女性映画監督である山田監督は、戦争体験者でもある。
挨拶で「ストーリーと関係ないかもしれないけど、どうしても戦争反対の意思を映画に組み込みたかった」と語られていた通り、映画から監督の強い意思が伝わってきた。
命に優劣をつけて選別する優生思想は戦争が原因で広まったということを踏まえると、戦争が大いにストーリーに関係してくるのは『僕は弟のヒーロー』にも共通している。
【データ】
『わたしのかあさん ー天使の詩ー』
画面写真/現代ぷろだくしょん提供
監督・ゼネラルプロデューサー:山田火砂子 原作:菊地澄子
出演:寺島しのぶ、常盤貴子、安達祐実、落井実結子、渡辺いっけい、高島礼子、船越英一郎ほか。
配給:現代ぷろだくしょん
2024年3月30日~ 新宿K’s cinemaほか全国公開
公式サイト:https://www.gendaipro.jp/mymom/
(C)現代ぷろだくしょん
子どもが家族の障害を受容するために必要なこと
2本の映画を鑑賞して、子どもが家族の障害を受容するためには、「障害について正直に、正確に伝えること」が必要だと感じた。
家族にも不安はあるはずだし、子どもに心配させないようにしたいという気持ちも非常によくわかる。しかし、子どもは意外と「うちの家族は他の人と違う」ということを鋭く見抜き、時にはひとりで疑問や悩みを抱えてしまう。
そんな時に、子どもたちの素直な気持ちを受け止めてくれる大人の存在も重要だ。
『弟は僕のヒーロー』のジャックも、『わたしのかあさん ー天使の詩ー』の高子も、家族や周囲の大人たちとの関わりの中で家族の障害を理解し、自分なりに受け入れていく。
また、それぞれの主人公の親友も大きな支えとなっている。友人としての関わりはもちろんのこと、家族以外で自分のことも家族のこともよく知ってくれている存在というところも、キーポイントであると感じた。
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ここ最近は毎日母のケアに追われて余裕なく過ごしていたが、今回2作品の映画を観たことで、自分自身がどのように母の障害やアルコール依存症と向き合ってきたのか振り返り、現在の母と自分の関係についても見つめ直す良い機会になった。
どちらもあたたかい作品なので、ケアラーも、ケアラーではないかたもぜひ、ひと息つくような気持ちで観てみてほしい。
ヤングケアラーに関する基本情報
言葉の意味や相談窓口はこちら!
・ヤングケアラーとは
日本ケアラー連盟https://youngcarerpj.jimdofree.com/による定義によると、ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18才未満の子どものことを指す。
・ヤングケアラーの定義
『ヤングケアラープロジェクト』(日本ケアラー連盟)では、以下のような人をヤングケアラーとしている。
・障がいや病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている
・家族に代わり、幼いきょうだいの世話をしている
・障がいや病気のきょうだいの世話や見守りをしている
・目を離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている
・日本語が第一言語でない家族や障がいのある家族のために通訳をしている
・家計を支えるために労働をして、障がいや病気のある家族を助けている
・アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している
・がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている
・障がいや病気のある家族の身の回りの世話をしている
・障がいや病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている
・相談窓口
・厚生労働省「子どもが子どもでいられる街に。」
児童相談所の無料電話:0120-189-783
https://www.mhlw.go.jp/young-carer/
■文部科学省「24時間子供SOSダイヤル」:0120-0-78310
https://www.mext.go.jp/ijime/detail/dial.htm
■法務省「子供の人権110番」:0120-007-110
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html
■東京都ヤングアラー相談支援等補助事業 LINEで相談ができる「けあバナ」
運営:一般社団法人ケアラーワークス