話題の映画『どうすればよかったか?』「家族にカメラを向ける葛藤」について監督に聞いてみた<元ヤングケアラーの映画レビュー>
昨年12月7日に公開されたドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』が、じわじわと観客を集め、興行収入1億円を突破。全国100館以上に公開が拡大され、話題となっている。障害のある母のケアを続けている元ヤングケアラーのたろべえさんこと、高橋唯さんが、話題の映画について感じたこととは?
執筆/たろべえ(高橋唯)さん
「たろべえ」の名で、ケアラーとしての体験をもとにブログやSNSなどで情報を発信。本名は高橋唯(高ははしごだか)。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。ヤングケアラーに関する講演や活動も積極的に行うほか、著書『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。 https://ameblo.jp/tarobee1515/
話題のドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』
ヤングケアラー支援に関する研修や講演に伺うと、どこへ行っても「他人の家族のことにどこまで介入してもいいのかわからない」「ケアが必要な家族や、その他の家族が支援を拒否している」といった声を耳にする。
孤立した家の中ではいったいなにが起きているのか――。筆者自身、とても気になっていたこの問題を扱った映画が注目を集めている。
藤野知明監督によるドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』は、監督が自らの家族にカメラを向け続けた20年間の記録映像だ。
ある時、藤野監督の姉に統合失調症のような症状が現れ始めた。しかし両親はそれを認めず、精神科の受診から姉を遠ざけてきた。藤野監督は両親の判断を疑問に思い、説得を試みるも解決には至らず、わだかまりを抱えながら実家を離れた。
18年後、「このままでは何も変わらない」と感じた藤野監督は、帰省のたびに家族の姿をビデオに収めはじめる。
その後、20年にわたってカメラを通して家族との対話を重ねた記録をまとめた本作。公開当初は上映劇場数が少なかったが、連日満席続きの話題作となり、1月後半からはイオンシネマを中心に全国100館以上で上映されている。
家族にカメラを向けること、公開することの葛藤
筆者としては、監督が自分の家族を撮影した映像を映画として公開し、全国のスクリーンで上映しているということにまず驚いた。
筆者もことあるごとに母の様子を撮影しており、介護ポストセブンでも記事にしたり写真を載せたりしているが、「これはやってもいいことなのだろうか?」という葛藤を常に抱えている。
母は筆者がどんな写真を公開しているか、公開することでどんな影響があるのかを理解することができない。本人の許可を得ていないのに、勝手に母のことを話題にしていることには罪悪感がある。きっと筆者以外のヤングケアラーも「家族のことを勝手に話してよいのだろうか」という悩みを抱えている人は多いだろう。
大人はつい、ヤングケアラーに対して「気軽に相談してみてください」と言ってしまいがちだが、相談に至るまでにどれだけの葛藤があるか、どれだけの勇気が必要かと想像すると、子ども側に簡単に勇気を出させようとすることは胸が痛い。
筆者は家族のことを発信することに迷いを捨てきれないのが正直なところだ。
筆者が観賞した回では、上映後に藤野監督とプロデューサーの舞台挨拶とサイン会があったため、そこで監督に率直な思いをぶつけさせていただいた。
藤野監督は、「たしかに自分も家族の映像を公開することに葛藤はありました」と筆者の思いを受け止めてくださった。その後、こう続けた。
「だけど、こういった問題が表沙汰にされず、同じことが繰り返されてしまうことのほうが問題だと感じたので、この映画を公開しました」
藤野監督が20年に渡る家族の葛藤を発信してくださったことは、並大抵のことではないと思う。こうして多くの人に“どうすればよかったか?”を考える機会を与えてくださり、とにかく感謝の念に堪えない。
あなたの「どうすればよかった?」は何ですか?
筆者が“どうすればよかったか?”を多くの人たちと一緒に考えたいと思ったきっかけは、滝山病院事件だ。
2023年、精神科病院で看護師による患者への暴行が発覚した。数々の報道の中でも、特に関係者の「滝山病院は必要悪」という言葉が印象に残っている。
「精神疾患患者を地域でみていくことが難しく、滝山病院は最後の砦であり、たとえどんな状況であっても滝山病院に頼るしかない」とのことが語られていた。
筆者は、この事件のことを、滝山病院の職員や、患者、患者の家族、そして自分のように他人事だと思えない人だけが考えたところで、何も変わらないと感じた。
誰しもが障害者になる可能性はあるわけで、誰しも自分に関係があることなんじゃないのか。筆者や筆者の母を含め、障害のある人と周囲の人だけの問題ではないはずだ。
もっと多くの人に一緒に考えてほしい。
しかしながら、みんな自分のことで精一杯の世の中で、そうしたことを考えることに、なんの意味があるのだろうかと逡巡し、なかなか強くは主張できないなとも感じていた。
そんなモヤモヤした想いもある中で巡り会ったこの映画は、“どうすればよかったのか?”をみんなに問いかけてくれたと思う。
藤野監督は、「この映画は、私への問い、両親への問い、そして観客に考えてほしい問いです。撮影も編集も拙いですが見るに値するものが映っていると思います」というメッセージを発信している。
この記録が「見るに値するもの」ならば、我が家のことや、障害のある人を取り巻く環境も「見るに値するもの」「見せてもよいもの」なのかもしれないと思えた。
「どうすればよかったか?」タイトルは過去形だ。
世の中には藤野監督の他にも、今となってはどうすることもできない思いを抱えている人もいるだろう。一方、筆者のように「どうすればよいのか?」と日々悩み続けている人も多いだろう。さらに、今はよくても、この先「どうしていけばよいのか?」と悩む可能性は社会の全員にある。
この映画はみんなに、どうすればよいのか?を考えるきっかけをくれた。みんなで考えるべき、みんなで考えてもよいことなのだ。
筆者はぜひ、いろんな人と一緒に考えていきたい。
映画 どうすればよかったか?
東京・テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国イオンシネマ100館以上で順次公開
監督・撮影・編集:藤野知明
制作・撮影・編集:淺野由美子
編集協力:秦岳志
整音:川上拓也
製作:動画工房ぞうしま
配給:東風
2024年/101分/日本/DCP/ドキュメンタリー
(C)2024動画工房ぞうしま
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