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「宮沢りえ、磯村勇斗らの話題作」障害者施設の事件をモチーフにした衝撃の映画『月』の注目ポイント

 現在公開中の映画『月』は、人間が生きる社会においてタブーとされる領域に踏み込んだ話題作。芥川賞作家の辺見庸さんが、2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件から着想を得た長編小説が原作となっている。事件を生み出した背景に何があったのか――。注目ポイントを記者がレポートする。

相模原障害者施設殺傷事件を題材にした映画『月』

 2016年7月、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で職員が入所者19人を殺害した「相模原障害者施設殺傷事件」。犯人は当時職員だった植松聖(死刑が確定)。この事件を題材にした映画が10月13日から公開され、話題を呼んでいる。

「施設で繰り返される虐待、そして障害者たちのリアル、あまりの衝撃に目をそむけたくなる場面もあった」と記者は振り返る。

 奇しくも北海道の特別養護老人ホームで職員が入所者を虐待したというニュースが報じられたばかり。障害をもつ人や介護が必要な人のための施設、そこで起こる闇に光を当てた衝撃の映画『月』の注目ポイントとは。

注目ポイント1:原作と映画は主人公が違う

 映画の原作である辺見庸さんの小説『月』では、寝たきりで目も見えず、耳も聴こえず自分から動くことも言葉を発することもできない重度の障害を持つきーちゃんの視点から描かれる。きーちゃんの世界に存在するのは、絵が得意で朗読劇や排泄処理などに懸命に取り組む職員、さとくんだ。さとくんは、相模原の施設で事件を起こした元職員がモチーフとなっている。

 ただし、映画の主人公はきーちゃんでも、さとくんではない。もしも、さとくんを主人公にしてしまったら、この作品はあまりにも重く、身勝手なものになってしまったのではないだろうか。さとくんは「にんげんとは何か」を考え、「世の中をよくしなければならない」と、事件へと突き進んでいくのだが、彼の「思惑」を詳細に描いてしまうと、さとくんをヒーローのように見せてしまうのではないか、小説を読んでそんなことを感じた。

 原作とは別の視点から物語を描くことで、この映画は成功を遂げていると感じた。主人公は、太陽が見えないほど、深い森の奥にある重度障害者施設「三日月」で働くことになった元有名作家の堂島洋子。演じるのは宮沢りえさん(50才)だ。

 彼女を起用した理由について、監督・脚本を手がけた石井裕也さんは次のように語っている。

「宮沢りえさんを起用したのは、今回の『隠蔽された社会』、つまり『裏』を描くうえで、すこぶる『表の世界』で活躍してきた人、そういう存在が真ん中に必要だった」(石井監督、以下同)

 映画の見どころとして、意思疎通がまったくできない重度の障害を持つきーちゃんと洋子がひそかに心を通わせるシーンがあげられる。

 ふたりは同じ年の同じ日に生まれ、洋子はきーちゃんに運命めいたものを感じ、一方的ではあるが、きーちゃんに語りかける。そこには確実にふたりにしかわからない「会話」が生まれる。このふたりの関係が後半になってより深みを増していく。言葉では表せない互いの痛みや悲しみが心の声によって通じ合うシーンはこの映画のある意味で“良心”ともいえるのではないか。

注目ポイント2:磯村勇斗さんの普通っぽさが逆に恐怖を助長する

 今作は主人公・洋子役の夫で人形アニメーション作家の昌平をオダギリジョーさん(47才)、作家を目指す施設職員の同僚、坪内陽子を二階堂ふみさん(29才)、キーパーソンとなる、施設職員で絵の好きな青年さとくんを磯村勇斗さん(31才)が演じるなど、実力派が揃っている。

 中でも特筆すべきは磯村さんの存在だ。後半狂気に溺れていく難しい役を磯村さんが見事に演じている。石井監督が最初に磯村さんに会ったときに感じたのが、良い意味で「めちゃくちゃ普通」という印象だったという。

 闇に堕ちていく人間を描くとき、狂気をはらんだ魅力を持つ役者ではなく、一見普通そうな感じがする役者をキャスティングしたこところが功を奏している。磯村さんが「普通の人」をうまく体現したことで、徐々に恐ろしいモンスターへと転じてしまう恐怖を強烈に感じさせられる。

注目ポイント3:出演している演者のリアルさがすごい

 作家の洋子は、東日本大震災を題材にしたデビュー作で世間に評価されたが、それ以来新しい作品は書いていない。書けなくなっている。

 そこで洋子は生活のために「三日月」で働くようになる。最初、洋子が施設で目にした光景にまず驚く。そこにいる人たちがあまりにもリアルなのだ。

 実際に障害を持つ人たちも一部キャスティングされている。その理由について石井監督はフィクションでありながら、事実を描くことに力を注いだと語っている。

「協力していただいた福祉関係者のかたにも言われたんですが、この映画を作るなら障害者の尊厳だけは守ってほしいと。ならばその尊厳がどうやったら守られるのかと考えたとき人間ひとりひとりが生きている、その存在の不思議さ、神々しさを正面から撮ることしかないと思いました。きれいごとでも何でもなく、対峙しているだけで人間が存在していることの本当の意味での素晴らしさを感じるんです」と石井監督は語る。

 さとくんの恋人である、ろう者の祥子を演じているのは自身もろう者である長井恵里さん(27才)。彼女の存在が、さとくんの障害者に対する身勝手な思いに待ったをかける重要な役を担っている。

目を背けてはいけない真実、自らの考え方を問う衝撃の映画

 本作を見るには相当の覚悟がいる。目をそむけたくなるような描写も容赦なくあり、視覚、嗅覚、聴覚に訴えかける、不都合な真実を痛いほど描き続ける。

 石井監督は「この映画で描いた障害者施設で起こっていることに関しては、全部事実」と語る。

 しかし、映画に書かれていることはフィクションでありながら、いま、日本のどこかの施設で起きているかもしれない真実でもある。

 そして私たちはこの映画を見たあと、否が応でも「いらない命など本当にあるのか?」という問いを突きつけられる。普段はなかなか意識しない命の尊厳について改めて考え直すためにも、ぜひ、見て欲しい作品だ。

【データ】

映画『月』10月13日全国ロードショー

https://www.tsuki-cinema.com/

出演:宮沢りえ、磯村勇斗、長井恵里、大塚ヒロタ、笠原秀幸、板谷由夏、モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子、二階堂ふみ、オダギリジョー

監督・脚本:石井裕也

原作:辺見庸『月』(角川文庫刊)

(C) 2023『月』製作委員会

取材・文/廉屋友美乃

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