兄がボケました~認知症と介護と老後と「第48回 死ぬまで健康で」
若年性認知症を50代で発症した兄と8年にわたり暮らしてきたライターのツガエマナミコさん。母も晩年は認知症だったということで、「自分もいつか…」と不安が心に重くのしかかります。現在は、特別養護老人ホームに入所する兄を週1回見舞う日々の中で思う複雑な心中を明かしてくれました。
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自分が認知症になることが心配
またやってしまいました!
お風呂の湯張りボタンを押したのに、湯船の栓をし忘れていて、全部を垂れ流してしまう大ポカ。以前から年に1~2回はやってしまっていたのですが、1か月で2回目ともなるとさすがに自己嫌悪のツガエでございます。こういうことが認知症の始まりで、このまま一気にいろいろな記憶が抜け落ちていくのではないか…と正直、青ざめました。母も兄も認知症だという事実が重くのしかかっているからでございましょう。
願わくば、認知症になる前に天に召されたいと思っており、長生きなど少しも望んでおりません。それなのに最近は健康のためにいろいろなことをしている矛盾だらけのツガエ。46回でお伝えした、左手を積極的に使うことや、新聞の音読、片足立ちなどの日課は、完全な認知症&老化防止対策。水泳もそうですし、なんなら一人カラオケもそうでございます。
長生きはしたくないけれども死ぬまでは健康でありたいのです。健康なまま、認知症発症前に人生を卒業できたら願ったり叶ったり。とにかく認知症だけは回避しないと、わたくしを面倒みてくれる妹や弟はいないのでございますから……。
こんな風に常日頃、わたくしは自分が認知症になる心配ばかりしております。
でも先日ふと「友人が認知症になることもあるよな~」と考えてしまいました。縁起でもないと叱られそうですが、絶対にないとは言えません。
兄を見て知っているからこそ、友人が認知症になってしまうことがどんなに寂しいか想像がつきます。同じ話を繰り返すようになり、物忘れがひどくなり、複雑な話が通じなくなり、ぼんやりして口数が少なくなってくる。わたくしは何をしてあげられるでしょう…。「誰ですか?」という友人に微笑めるでしょうか。何度も会いに行ってあげられるでしょうか。
それはつまり、自分が重度の認知症になったときに友人に何をしてほしいかということに通じます。わたくしの希望は、わたくしが施設に入って友人の名前や顔を忘れてしまっても、会いに来てほしいということ。もちろん友人が決めることに異論はございません。「来てね」とは言えませんし、現実的にはほとんど来ないでしょう。それでも本人はわからないですから悲しむことはありません。でも兄は「来てくれた」ということはわかり、その瞬間は嬉しいはずなので(そう思いたい)、わたくしもできればそんな瞬間がほしいと思ったりいたします。わたくしが攻撃的な暴君になっていない限り、のお話ですけれど…。
人によっては「認知症の姿は誰にも見せたくない」「来なくていい」と願う人もいらっしゃることでしょう。我が友たちはどうなのか、今度さりげなく聞いてみたいと思います。
今週も兄は穏やかでした。散髪をしてもらってさっぱりとしていました。でも車イスではなく、ベッドの上でした。また暴れたのかもしれません。
ようやく涼しくなって冷房がかかっていなかったせいか、兄の手に温かみがありました。暑さが厳しい間は、冷房の部屋で兄の手が氷のように冷たかったので心配だったのですが、暖房になるこれからは大丈夫そうです。
「じゃね、今日は返るね。また来るよ」というと「うん、頑張ってね」と返してくれました。これだけで嬉しいのですから不思議です。帰り際、廊下の壁に入所者のみなさまの日常の写真が貼られていて、そこに初めて兄が食事をしている写真を見つけました。ようやく仲間に入れていただけたような、そんな安堵感でさらに元気が出ました。
そういえば8月分の請求から、介護保険負担限度額認定の区分が変わり、食費と居室代が上がりました。食費は1日390円から650円、居室代は880円から1370円となり、トータル月2万2000円ほどのアップ。その一方で兄の年金は1か月換算50円の減額。よ~く見ないと気がつかないくらいではありますが、確実に年金は減っています。
兄にかかるお金は兄の年金と貯蓄で賄えているので、ありがたいことにわたくしの負担は今のところゼロ。いつまでも年金制度が破綻しないことを願うばかりでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ
