兄がボケました~認知症と介護と老後と「第54回 激しい腹痛に見舞われました」
十数年前、兄、両親との同居を再開したライターのツガエマナミコさん。その後、父が交通事故で急死、十年ほど前に母も他界し、自ずと兄との二人暮らしが始まりました。兄が若年性認知症を発症したのもその頃です。それから兄のサポートに明け暮れたマナミコさん。それは想像を絶する大変な日々ではあったものの、マナミコさんにとって、たった一人の家族となった兄へは、特別な想いがあるのです。
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油・調味料の劣化問題
兄が家を出ていく夢をみました。
夢の中の家は、見覚えのない間取りでしたが、たしかに兄は荷造りをして出ていこうとしており、わたくしは「もっとあったかい服着た方がいいんじゃない?」と気遣いながらも止める様子はございませんでした。
目覚めたとき、妙に悲しい気持ちが沸き起こりました。滅多に夢を見ないわたくしの稀に見た夢が「別離」だなんて……縁起でもない。現実のわたくしは「一人にしないでおくれよ」とすがる思いでございます。
そんな気持ちで兄の面会に行くと、兄はいつもの車イスではなく、ベッドに寝ておりました。スタッフの方によると「歯茎から出血があり、さきほど歯科衛生士さんにみていただきました。今は出血もなく、お食事も召し上がっています」とのこと。穏やかな様子でございましたが、よくみると胸元に拭き取ったようなピンクの汚れがうっすら付いておりました。
ほっそりした様子や、わたくしの手をぎゅっぎゅと握る感覚や、あまりに優しい微笑みがわたくしを不安にさせております。今になって思うと抵抗して暴言を吐くくらいのほうが、元気があってよかったと思ってしまうほど。ないものねだりとはよく言ったものでございます。妙な夢を見たせいで、やや感傷的になっている妹でございますが、兄はそこそこ元気でございますので、ご安心くださいませ。
兄が施設に入居して1年以上が経ちまして、家での調味料や油などの使用量がガクンと減りました。一人だと食事を買って来てしまったり、作っても少量なので、これまで当たり前に賞味期限前後に使い終わっていたものが、使い切れていないことに最近気づいた次第でございます。
先日、サラダ油で魚を焼いたときに、古い油の匂いがして驚きました。最近はごま油とオリーブオイルを多用していて、久しくサラダ油を使っていなかったのでございます。
兄がいた頃には、1か月に1回ぐらいは揚げ物をしたのですが、そんな面倒なことは滅多にしなくなって、サラダ油の半分以上が見事に劣化しておりました。
油もお醤油もお味噌も「開封後はなるべく早めにご使用ください」と書かれております。おそらく2~3か月が目安でございましょう。多少味が落ちるのを覚悟しても半年以内には使いきらなければならないと考えると、これまでのサイズ感を一新しなければなりません。
先日、それを強く感じた出来事がもう一つございました。
夜にひどい腹痛に襲われたのでございます。
トイレに何十分もこもって、脂汗を掻きました。なにか悪いものに当たったに違いないのですが、いつにも増して排出に手間取っておりますと、吐き気までもがやってくる気配。バケツに代わる何かがそばにないかと考えて、背後の棚に無造作に置かれた袋入りのトイレットペーパーをむんずと掴みました。中身のペーパーをすべて取り出し、嘔吐用ビニール袋にしたのでございます。「これでいつリバースしても大丈夫」と安堵したと同時に、つっかえていた排出がスムーズに進み一件落着。背後のトイレットペーパーを取るために思い切り体をひねったのが効いたのかもしれません。吐き気も治まり、事なきを得ました。
その後、数回トイレに通いましたが、1時間もすると嘘のようにスッキリ。「今回は何に当たったのかな」と食べたものを反芻したところ、お昼に肉まんを食べた際、使った黒酢が犯人濃厚説となりました。1~2回使った切りの黒酢は賞味期限から1年半経過しており、開封してからは何年経ったか不明の代物でした。それでも「お酢だから大丈夫だろう」と思ったのがあまりにも浅はかでございました。もしかしたら冤罪かもしれませんが、今のところ古い黒酢しか思い当たるものがございません。さすがのお酢でも開封したら数年後にはアウトになると学習いたしました。これからは滅多に使わないものには手を出さないということと、割高でも少量パックであれこれ購入しなければ……。
過去に一人暮しをしていたときには、なぜか気づかなかった油・調味料劣化問題。いかに今は自炊をせず、怠惰なのかが証明されてしまいました。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ
