兄がボケました~認知症と介護と老後と「第49回 お着物の季節」
兄が認知症を発症してからずっと共に暮らし生活全般をサポートしてきたライターのツガエマナミコさん。昨年夏から兄が特別養護老人ホームに入所し、いまはようやく自分のための時間を持てるようになりました。施設入所直前の頃の兄は、症状が進行し、排せつのトラブルなどが頻発し片時も気が休まることのなかったマナミコさんでしたが、母の形見の着物を楽しむ余裕ができたようです。近況を綴っていただきました。
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着物でロックのライブへ
今年初めてお着物で出かけました。
友人7人のランチ会で、ピザとパスタをいただいて参りました。
集まったみなさんに「あら素敵。いいわね、自分で着られて羨ましいわ」とおっしゃっていいただきました。とても嬉しいのですが、羨ましいと言われるほど手慣れていないのが現実でございます。今回も着付けの所要時間は1時間超でございました。ごく普通にお着物を着るだけなら、着慣れた方は15分あれば十分といったところでございましょう。それが1時間超えですから、むしろ情けない。初心者何年目ですか?と己に問いたいくらいでございます。
言い訳を言わせていただくと、母のおさがりは、いろいろな方の形見も混じっているのでサイズがマチマチなのでございます。着物はそれでも着ようと思えば着られるところが優れている点なのですが、自分の身幅も変化しており、毎回“初めまして”の大奮闘となってしまいます。
襦袢にしろ、着物にしろ、帯にしろ、巻きはじめを間違うとつじつまが合わないことになり、はじめからやり直しでございます。四苦八苦しているうちに襟元が乱れ、またやり直し…。いつしか汗だく、というのがいつものパターンでございます。
着れてしまえば“こなれた風”になるので、かいた汗の量を知る人はおりません。水面下でどんなに足をバタつかせていても顔だけは涼しげに水面をゆく白鳥のごとく、ランチを楽しんで参りました。
まだまだ修行の身。15分で着られるようになるには、回数をこなす以外にないので、今年はハイペースでお着物デーにしていこうと思っております。
ということで、翌日もお着物でのお出かけを決行いたしました。この日は夕方から知り合いのインディーズバンドが出るライブハウスでの音楽鑑賞。ロックのライブにお着物というミスマッチを一度やってみたかったのでございます。
しかしながら行って見ると、入口からすでにたばこの匂いが充満しており、「うわ~、お着物がたばこ臭くなる~」と早くも後悔の至り。階段を降りるとカウンターのあるロビーがあり、その奥のガラスの向こうではすでにバンドの演奏が始まっておりました。ロビーでも鑑賞に十分なボリュームが漏れ聞こえており、ガラスの中は50人も入れば満杯になりそうな小さな箱であることがわかりました。当然のことながら中に椅子などありません。ときどきドアが開いて人の出入りがあると爆音がもろに聞こえます。知り合いのバンドは3組目。だんだん人も増えて、そこそこ人気のバンドであることがわかりました。
素人のひいき目ですが、そのへんのメジャーバンドと変わらぬクオリティが致しました。いつかメジャーバンドとして世の中を席巻してくれることを願うばかりでございます。
お着物で行ったことで「なんだろうこの人?」という目で見られることの快感は十分に味わえました。しかしながら、二日連続の和装の疲れは足に来ました。草履の鼻緒で、いわゆる靴擦れができ、翌日は足首からふくらはぎにかけて筋肉痛。帯を締める際に使いすぎた右手にも痛みが出て、首、肩のコリと共に翌日は使い物にならない体に……。
でもこれはもっと楽に、もっと上手にお着物を着られるようになるための通過点。今年のツガエは本気でございます。
兄の面会に行くと、お部屋に思いがけない写真が4枚、A4サイズの紙に印刷されて貼ってありました。兄が車イスで施設の外にいる写真でございます。聞けば、その日の午前中に撮った写真だそうで、本人は無表情ながらわたくしは心躍りました。兄が外の景色の中にいる姿を1年以上見なかったので、とても新鮮で思わず写真を写真に撮ったくらい。やっと夏が終わり、心地よい季節になったからでございましょう。
わたくしもかねがね兄の車イスを押して、施設一周のお散歩に行きたいと思っていたので、近々それが実現できるかもしれない、とワクワクいたしました。とはいえ、わたくし自動車もペーパードライバーなら、車イスを押すのも素人でございまして、スタッフの方にレクチャーしていただかなければ無理でございます。
季節は秋。暑くも寒くもない時期はどんどん短く、貴重なものになっております。本格的に寒くなる前にお散歩に行けるでしょうか? 楽しみでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ
