初期の脊柱管狭窄症は運動療法が有効なケースも 専門医が勧める「ひざ抱え体操」「軽めの腹筋体操」を解説
脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)と診断され、「もう治らないのでは」と不安を感じている人は多い。しかし、症状が比較的軽い初期段階であれば、正しい運動療法によって症状の改善が期待できるケースもあるという。一方で、中期に進行すると運動療法だけでは十分な効果が得られず、薬物療法やブロック注射を検討すべき場合も。そこで、長年、脊柱管狭窄症と向き合ってきた黒澤尚医師に、初期から中期にかけた適切な対応と、症状悪化を防ぐためのポイントを聞いた。
教えてくれた人
黒澤尚さん/整形外科医
順天堂大学医学部整形外科学名誉教授。社会医療法人社団順江会江東病院理事長。専門は、腰・ひざなどの関節痛、スポーツ外傷、関節鏡手術、変形性ひざ関節症、運動療法など。1980年代後半から、ひざ痛が改善できる「黒澤式ひざ体操」を提唱。著書は『これで改善!女性の変形性ひざ関節症』(PHP研究所)、『ひざ痛-変形性膝関節症-自力でよくなる! ひざの名医が教える最新1分体操大全』(文響社)など多数。
脊柱管狭窄症は「初期・中期・末期」と3つのステージに分けられる
脊柱管狭窄症は推定患者数580万人以上、70代では10人に1人が患うともいわれる国民病だが、症状に応じた治療法を知らない人は多い。順天堂大学医学部名誉教授の黒澤尚医師によると、脊柱管狭窄症は症状の進行度により「初期・中期・末期」の3つのステージに分けられ、それぞれに適した対応が必要だという。
発症の原因は、神経の根元が圧迫される「神経根型」と、神経の束(馬尾(ばび))が圧迫される「馬尾型」の2種類。神経根型は片側の足に痛みが出やすく、馬尾型は両足や会陰部にしびれが現れるのが特徴で、後者のほうが症状は重くなりやすい。
初期は軽い痛みやしびれが中心だが、中期になると短時間の歩行で症状が出る「間欠性跛行(かんけつせいはこう)」や脱力感が現れる。末期では歩行困難に加え、馬尾型では排尿・排便障害が起こることもある。自己流の対処で悪化する例もあるため、自身のステージを見極め、専門医による適切な治療を受けることが重要だ。
初期は「ゆっくり体操」で改善率が上がる!中期は運動療法に注射も検討
初期の患者に効果的なのは「運動療法」だという。なかでも黒澤医師が勧めるのが、「ゆっくり体操」である。
「自己流のストレッチや、安静にして体を動かさないことはかえって症状を悪化させます。痛みがある人でも無理なくできる『ひざ抱え体操』を続ければ、初期なら大抵痛みが取れる。朝晩2回ずつ行なえばこれだけで9割の人が治ります」
足を伸ばして寝た体勢で片ひざを胸に近づけ15秒キープ。左右交互に行ない、最後に両ひざを同時に抱えて15秒キープする。
「最近の国内外の研究で、ゆっくりしたリズミカルな運動には抗炎症作用があることが分かりました。炎症を起こしている細胞が自らその炎症を鎮めようとするのです。医学的に大きな発見でした」
ひざ抱え体操
背中からお尻の筋肉をほぐし、椎骨の隙間を広げる。(朝晩2回行う)
・仰向けに寝て片ひざを抱えて胸に近づける。その姿勢で15秒数える。反対側のひざも同様に
軽めの腹筋体操
筋肉を鍛えることで椎骨を支える(1日1回行う)
・仰向けに寝て両ひざを揃えて足を持ち上げる。その姿勢で5秒保ち、足を下げるを10回繰り返す
加えて、腹筋を鍛えると安定して症状の再発を防げる。
「腹筋は腰をしっかり支えて腰椎を前方から押し、腰椎を真っ直ぐにします。腹筋を鍛えて体幹を強くすることは脊柱管狭窄症の再発を防ぐことにもつながります」
腹筋体操は両ひざを揃えて仰向けに寝て、足裏を5〜6センチ上げて5秒キープしてから下げる。これを10回繰り返す。
「お尻の下にバスタオルを敷くと楽にできるでしょう。1日1回行なえば十分です」
筋トレの注意点について黒澤医師はこう言う。
「背骨周りの疾患だからと背筋を中心に鍛えようとする人がいますが、かえって症状を悪化させてしまうケースがある。鍛えるのはあくまで腹筋だということを忘れないでください」
ゆっくり体操でも改善しない場合は、薬物療法の検討を
ゆっくり体操でも痛みが改善しない場合は薬物療法が検討されるという。
「初期の患者の選択肢になるのは痛み止め薬を中心とした薬物療法です。初期は強くない飲み薬で十分です」
処方される薬は脊柱管狭窄症のタイプによって異なる。
「神経根型には非ステロイド性消炎鎮痛剤で、痛み止めのロキソニンなどで知られるNSAIDsを服用します。それでも痛みが治まらない場合はステロイド薬を短期間用います。馬尾型には手足の血流を改善するビタミンE製剤、痺れを改善するビタミンB6・B12製剤、神経の興奮を鎮める神経障害性疼痛薬のプレガバリンなどを組み合わせます」
薬は痛みがある程度軽減したら止め、痛みがまた現われたら服用する。副作用を避けるため、なるべく間隔を空けて使うのが原則だ。
前述した「間欠性跛行」にも薬が効く。
「間欠性跛行の患者には血管拡張薬のリマプロストです。ただし、服用すると顔が赤くなって火照るような人には処方を控えます。薬はあくまで症状を改善するもので脊柱管そのものを広げて治す効果はありません。初期の患者の場合は運動療法だけで十分というケースは多いです」
ブロック注射のタイミング
中期まで症状が進行しても、ゆっくり体操の重要性は変わらないという。
「ひざ抱え体操と腹筋である程度の症状改善は見込めます。ただ、中期になるとこれだけでは痛みが消えず、ブロック療法を検討したほうがいいケースがあります」
ゆっくり体操を3か月継続しても症状が改善しない場合、中期のなかでもやや症状が重い可能性があるので医療機関でブロック療法を受けることが望ましいという。
「ブロック療法は脊椎に局所麻酔薬を注射して痛みが伝わる経路を遮断する方法で、一般的にブロック注射と呼ばれます。神経根型に行なう『神経根ブロック療法』は神経根に直接、局所麻酔薬を注射します。馬尾型は『硬膜外ブロック療法』で、馬尾を覆っている硬膜の外側に注射薬を注入します。ステージ中期で痛みがひどい人には効果的な療法です」
1回の注射であまり効果がなくても、2回目で効果が十分現われることがある。
「効果がある場合は1~2週間空けて注射し、5~6回程度、痛みが消失するか、ほぼ消失するまで行ないます。1セットの治療で8~9割の症状改善が期待できます。ただし、ブロック注射も効果は一時的なものになります。運動療法を継続して痛みが再発しないようにすることが肝要です」
末期に至らないために初期・中期における適切な対応が重要になる。
※週刊ポスト2025年12月12日号
