訪問密着レポート|リアル『やすらぎの郷』!?奇跡の老人介護施設の秘密
エステサロン、無料カラオケ、週1回の映画鑑賞会、ひのきの展望風呂、有名フレンチシェフ監修のレストラン―そんな「憧れ」が詰まった場所が、セレブ御用達のタワーマンションではなく、高齢者施設として存在する。
医療経済ジャーナリストの室井一辰さんも、「こんな施設なら、私もいつか住んでみたい」と熱く語る。
「高齢者が行く場所は大きく分けて3つあります。病気を治療する病院、リハビリをして健康状態に戻すための介護老人保健施設などの施設、お世話をしてもらいながら日常生活を送る老人ホーム。一昔前は老人ホームというと『姥捨て山』のようなイメージでしたが、『人生最期はここで暮らしたい』と思わせる施設があるんです」(室井さん)
一昨年ブームとなったドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)のリアル版のような施設へ足を運んでみた。
「快適」そのもの!「ゲストファースト」の老人ホーム
岡山県倉敷市の中庄駅から徒歩3分。広大な敷地を有し、ビルの8階建ての高さに相当する5階建ての建物が「倉敷スイートタウン」だ。
1~3階には病院と全個室の病棟、4~5階にサービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)がある。
1階のエントランスに足を踏み入れると、まるでホテルのロビーのような優雅な空間が広がる。淡いピンク色の壁紙に、きらびやかなシャンデリア、待合スペースには洋風チェアが並び、病院特有の無機質で陰鬱な印象は一切ない。
徹底的なこだわりを感じさせるインテリアはすべて、当施設の理事長・江澤和彦さんのセレクトによるもの。
「施設の設計から私が手掛け、家具や壁紙、電球1個にいたるまで選び抜きました。病棟も住居棟も、ひとつとして同じ部屋はありません。画一的な空間ではなく、自分の部屋として愛着を持ってほしいという願いを込めています」(江澤さん)
介護を必要としない高齢者たちが暮らすサ高住の4階は驚くほど賑やかだ。
コミュニティーラウンジでは入居者たちが花札やオセロをしながら談笑し、カラオケルームでは自慢の歌声を披露している人も。自室で本を読んだりテレビを見たり、それぞれが自由に過ごしている。
24時間365日対応の病院が安心をサポート。診察の待ち時間なし
入居者がこれほどのびのびと安心して過ごせるのは、1階に24時間365日対応の病院があるから。コンシェルジュの石田美知江さんが言う。
「緊急時は居室のコールボタンを押せばスタッフが駆けつけて対応するのはもちろん、通院のために外出する必要もありません。診察の順番が来たらスタッフが案内するので、お部屋でゆっくりお待ちいただけます」
つまり、診察室の冷たい椅子で長時間待つ必要はない。
各個室にはベッドや収納家具のほか、キッチン、トイレ、シャワーも完備。入居費用は最低でも月18万8000円(食事代含む)と決して安価ではないが、満足度はお値段以上だ。
個人に合わせたイベントや食事で喜びを感じる
2年前からスイートタウンで暮らす津田治恵さん(仮名・90才)は、「ここはみんな明るくて優しい」と話す。
「毎日たっぷり自由な時間があるから、自宅から持ってきたDVDを見たり、お友達とオセロをしたりして過ごしています。最近凝っているのはクイズ。1階のコンビニで懸賞付きクイズの本を買って、はがきで応募するの。お友達と、答えを教えあったりもするわよ」(津田さん)
そう話している間にも、入居者の友人から携帯に電話がかかってきたりと、むしろ忙しいくらいだ。
入居後の思い出として、津田さんは昨年の誕生日を振り返る。ここでは、複数人を同時に祝う「誕生日会」ではなく、誕生日を個別で祝う。
「誕生日はなんでも好きな食事を作ってくれるんです。去年は好物のちらしずしを作っていただいたの。とっても楽しくて、今でも忘れられないわ」(津田さん)
『料理の鉄人』出演のシェフが総料理長
倉敷スイートタウンの総料理長を務めるのは、『料理の鉄人』(フジテレビ系)にも出演したことがある湯浅薫男シェフ。5階のフレンチレストランと1階のカフェで腕をふるい、施設の食事もすべて湯浅さんが監修している。
「食事は人間の尊厳を守るうえでとても重要。食べ物をのみ込む嚥下機能が衰えたからといって、野菜や肉を細かく刻んだ流動食のような食事では、食欲が出ません。見た目の工夫も大切で、食材をのみ込みやすくしつつも形はトンカツ風に整えるなど、食欲をそそりながら食べやすさも両立させています」(江澤さん)
自分の口で食べる喜びが新たな目標を生む
こうした“食事の工夫”が支えとなり、リハビリを続けているのは、3階の障害者病棟に入院する上原亮太さん(仮名)だ。
2年前、53才という若さで、難病ギラン・バレー症候群にかかり、上半身が麻痺。一時は鼻から胃に入れた管から栄養剤を注入する「経鼻栄養」で栄養を取っていたが、今ではひとりで歩き、ご飯も食べられるようになった。上原さんは当時をこう振り返る。
「嚥下機能が低下して、唾液をのみ込むこともできませんでしたが、少しずつ口から食事を取る訓練を行い、昨年12月に鼻の管が抜けました。今はほとんど普通の食事です。自分の口から食べる食事はおいしい。訓練で新しい物を食べることが毎回楽しみなんです」
面会時間の制限のない病棟には毎日のように家族が訪れ、回復する上原さんの様子に喜んでいるという。「目標はいつか焼肉を食べに行くこと」と笑う上原さんは、退院を目指して日々、歩行の自主トレに励んでいる。
スタッフ導線を裏側に。広々した空間を実現
窓が大きくて明るい開放感のある病棟は、職員が遠くからでも「上原さんが歩いている」と確認することができる。
この広々とした空間の秘密は、スタッフの動線を完全に裏側に設計しているところにある。江澤さんが言う。
「表にいるスタッフは患者さんの付き添いだけ。私が医師になった当初に違和感を覚えたのは、病院をスタッフがわが物顔で歩いていること。私が掲げるのは“ゲストファースト”。ここでは利用者に堂々と廊下の中央を歩いてもらいたいのです」
子供たちとの交流で笑顔に
1階には、他の病院や高齢者施設ではあまり見られない、意外な空間も。保育所『スイートキッズクラブ』だ。
4月からは一般に開放し、地域の保育所として機能するが、もともとは小さな子供を持つ職員のために設けられた施設。これにより、職員は出産後も安心して仕事復帰でき、育休期間もそこそこに現場に戻って来る。おかげで経験を積んだ職員による安定的な水準のケアを入居者に提供できるというメリットもある。
保育所の子供たちは、時には住居棟を訪問することも。
「ハロウィンでは子供たちが入居者からお菓子をもらうなど、高齢者と子供たちの交流も大切にしています。こうした世代間の交流は、高齢者にとってはいい刺激になるし、子供たちには勉強にもなります」(江澤さん)
医師・スタッフは私服で勤務
江澤さんの理念は、系列施設である山口県宇部市の介護老人保健施設『ぺあれんと』にも見られる。
ここではリハビリを中心とした在宅復帰の支援や看取りを行う入居、介護疲れや家族の予定があるときに短期で預かるショートステイ、日帰りのデイケアサービスを提供している。
医師・看護師・介護福祉士らスタッフ全員が白衣や制服ではなく、私服で働くおかげで、家族のような親しみが自然と生まれるという。介護福祉士の野村美代子さんが言う。
「白衣を着ると、介護する人とされる人という境界線ができてしまう。ここでは医師も白衣を着ません。入居者や利用者のかたと、フラットな関係が築けることを全員が心がけています」
日々のリハビリにつながる工夫が随所に。トイレもお風呂も心地よく
倉敷スイートタウン同様、全室個室で、各部屋にトイレがある。トイレには「つかまり棒」以外に、見慣れないテーブルが。
「棒につかまる力がなくても、テーブルにもたれかかって用を足すことができます。なるべく人手を借りず、できることは自力でやることが、日々のリハビリにつながります」(野村さん)
浴室にも配慮は行き届いている。介護施設では、「特殊浴槽」と呼ばれる装置を導入することが多いが、同施設ではひのきと御影石の浴槽を取り入れ、入浴頻度も週2回が一般的なところを希望に応じて週4回、実現している。
「複数のスタッフに囲まれながら1人だけ裸にされて、機械のような浴槽でモノのように洗われる。そんなお風呂の入り心地はよくありません。気持ちよくお風呂に入れる浴槽で、スタッフがマンツーマンで脱衣から入浴、着衣まで付き添います」(江澤さん)
「胃ろう」の撤廃に取り組む
スタッフの真摯な介護は、終末期医療で当然のように使われてきた「胃ろう」の撤廃にもつながっている。「胃ろう」にすると体力が落ちて寝たきりになるリスクが高まる。
松本よし子さん(仮名・93才)は、中等度の認知症患者だ。昨年8月、背骨にひびが入って山口市内の病院に3か月入院したのち、入居した。
入居直後は環境の変化から風邪をひいて、ご飯を食べなくなってしまった。1か月で急激に体重が減少したため低栄養状態となり起き上がることもできず、栄養剤を点滴することになるが簡単にはいかない。息子の孝彦さんが話す。
「嫌がって、暴れて点滴を抜くから体中が血だらけで。胃ろうという選択肢もあると伺いましたが、10年以上前に亡くなった父が、胃ろうでつらそうだったこともあり、抵抗があって…」
そこで、言語聴覚士が嚥下機能をチェックしながら、食べやすい食材の硬さや食べる姿勢の見直し、よし子さんの希望する時間に自由に食事を食べられるよう、スタッフ全員で万全の態勢をとった。そして今では、ほとんど普通食と変わらない食事を取れるまでになった。
「奇跡の老人ホーム」が目指しているもの
「ここに入ると前より元気になれる奇跡の老人ホーム」と入居者や家族から呼ばれるほどの取り組みを、室井さんは「これからの高齢者施設の在り方を示している」と評価する。
「生きていて楽しいと思える、喜怒哀楽のある暮らしを送れることは、生活の質の向上につながり、寿命も延びるでしょう」(室井さん)
いずれの施設も、まるで、なんでもそろうひとつの「街」やディズニーランドと見まごうテーマパークのような充実ぶりだが、江澤さんは施設だけで高齢者の生活を完結させないことを目指す。
「外部と閉ざされた施設ではなく、『地域の一部』として存在する場所にしたいんです。食べること、歩くこと、人と触れ合うこと、どんな些細なことでも、できることをつなげていくと『生活』になる。医療は『生活』を支えるアイテムにすぎませんから」(江澤さん)
人生100年時代。高齢者になってからの「生活」こそ、快適に楽しみたい。
データ
倉敷スイートタウン公式ホームページ
http://sweet-town.jp/
撮影/矢口和也
※女性セブン2019年3月21日号
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