認知症の介護術|ニコニコしながらするとメリットがある理由
東京ー盛岡の遠距離で認知症の母の介護を6年以上にもわたり続けている工藤広伸さんは、その介護経験を、ブログや書籍で広く紹介している。全国各地で開催されている講演会では、介護ノウハウを語る工藤さんの穏やかに微笑む優しい雰囲気に、参加した人たちが、話を聞きながら泣き出してしまうこともあるほど。役立つ介護情報と人柄に人気は高まるばかりだ。
当サイトで連載中のシリーズ「息子の遠距離介護サバイバル術」では、今回、工藤さんがニコニコする理由、秘訣などを教えてもらう。
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「くどひろさんって、いつもニコニコしているよね」
お会いした方から、このように言われることがよくあります。自分では無意識なので、決してムリをしているわけではなく、自然と笑っていることが多いようです。
自分の人生を振り返ってみると、このニコニコで得をした機会は9割。笑っていると、相手にいい印象を与えるようです。しかし、1割は損をしてきました。
例えば小学生のとき、怒っている担任の話を普通に聞いていたら、「おまえは反省が足りない」と言われ、二度怒られた経験があります。会社員時代は、コピー機の前でコピーが終わるのを待っていたとき、同期に「何でニヤニヤしているの、なんか気持ち悪い!」と言われたこともあります。
ニヤニヤと言われてしまうと損をしてしまうようですが、ニコニコは認知症介護で役に立つことがあります。どんな場面で、どのように役に立つのでしょう。
「心技体」ではなく「体技心」
スポーツや武道の世界でよく用いられる言葉に「心技体」があります。選手の心、技術、体のバランスがうまく取れたときに、最大のパフォーマンスを発揮するという意味です。中には、この言葉の順番が大切だと説く人もいます。
確かに、スポーツ選手が大舞台で思うような成績を残せないと、メンタルが弱いと言われることがあります。メンタルがしっかりしてなければ、鍛錬した技術も、鋼の肉体も意味を成さないという考えも理解できます。
一方で、この言葉を逆から並べ替え、「体技心」の順番が大切と説く、有名スポーツ選手も多数存在します。まずは健康で強靭な体がないと、技も心も磨くことはできないからだそうです。
わたしが書いた「がんばりすぎずにしれっと認知症介護」(新日本出版社)の本の中から、この「体技心」が大切という話を引用します。
『ある医師はうつ病の患者に「上を向いてスキップしなさい」と言うそうです。上を向くことで姿勢がまっすぐになり、スキップすることで楽しい気持ちになるのだとか』
まず体を先に変化させたことで、心にまで変化を与えたという一例です。
わたしはこの「体技心」の考え方を、そのまま認知症介護で実践しています。いくら車椅子の移乗技術を学んだり、認知症ケアの勉強をしたりして技を磨いても、介護者自身が健康でなければ、介護はできないからです。
また、認知症の方の気持ちに寄り添うとき、自分自身が健康でなければ、優しい気持ちで接することはできません。すべては介護者自身の体調、健康が第一なのだと思います。
毒を吐いても、ニコニコしていると相殺されることもある
母が同じことを何度も繰り返して言うとき、わたしはイライラして、「さっきも同じこと言ったでしょ」とか「もう、分かったから」と、つい言い返してしまうことがあります。
普通なら、親子ゲンカが始まってもおかしくない場面です。母は同じことを何度も言ったという意識はないし、わたしは事実として同じ話を何度も聞かされている…。お互い、平行線であることは分かっているはずなのに、不毛な言い争いを何度も何度もしてしまいます。
それでも、大きなケンカに発展しない理由は、わたしがニコニコしているからだと思っています。わたしはムッとしているのですが、あまり顔には出ないようです。
そのため、母は「この子は怒っていない」と認識し、トゲのあるわたしの言葉も聞き流してしまうのかもしれません。おそらく母は、言葉の情報よりも視覚情報を優先して、物事を判断しているためだと思っています。
わたしがニコニコしているときは、自身の健康やメンタルの状態も、割と正常だろうと判断しています。例えば40度の熱がある、お腹が痛いなど、体調面が思わしくない場合は、さすがにニコニコはしていません。
認知症介護中はなかなか笑えない?
こういった話を本に書いたり、講演会で話したりすると、「認知症介護は大変なのに、ニコニコなんてできない」と言われることもあります。それでも「体技心」の法則に当てはめて考えれば、介護で苦しいときこそ、ムリにでも笑って、精神的につらい部分を自分の外に逃がしてやることも、大切だと思います。
もうひとつ、川崎幸クリニック院長・杉山孝博先生が考えた認知症介護における「作用・反作用の法則」から見ても、介護者は笑っていたほうがいいことが分かります。この法則は、介護者の気持ちや状態が、認知症の人の言動に鏡のように反映することを言います。
介護する側が怒っていれば、認知症の人も怒ります。介護する側が笑っていれば、認知症の人も笑います。この法則から考えても、介護者はできるだけ笑っている時間を増やすべきなのだと思います。
介護者が笑えない原因が認知症介護以外にもあるはずなので、その原因からまず解決していくことをオススメします。自然と笑っていられる時間を増やすために、自分が今できることは何でしょうか?
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)
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