「咀嚼は脳にいい!」そのメカニズムを専門家が解説 正しく噛んでボケ防止を
これまで多方面の研究で、咀嚼することで脳の働きが活性化するということは分かっていたが、それが何故なのかまでは不明だった。だが、東京都健康寿命医療センターの研究でそのメカニズムが見えてきたという。今現在わかっている咀嚼の最新知識を専門家の先生たちに話しを伺った。
咀嚼は長生きかを左右するくらい重要なことだった
1日3回、食べ物を口に入れて、噛み、飲み込む――
毎日の生活で当たり前に行っている「咀嚼(そしゃく)」が、私たちが元気に長生きできるかどうかを左右する重大な要素だということを知っている人は多くないはずだ。
咀嚼の役割は、ただ摂食や消化を助けるだけではない。これまで多方面の研究で、咀嚼によって大脳皮質の血流量が増加し、脳の働きが活性化することはわかっていたが、その仕組みは不明だった。
行き詰まりの状況に一石を投じたのが、2019年に東京都健康長寿医療センター研究所が公表した調査結果だ。研究グループはラットを使った実験で、咀嚼に伴う脳の血流増加のメカニズム解明に挑んだ。
噛むことで脳の血流量が40%増加という研究結果が
「キーワードは大脳の『マイネルト神経細胞』です」
と語るのは、この研究をリードした同研究所の堀田晴美研究部長だ。
「マイネルト神経細胞は記憶や認知機能に不可欠な『アセチルコリン』を放出する重要な神経細胞で、減少するとアルツハイマー型認知症やパーキンソン病などで見られるような、認知機能の著しい低下につながるとされています。
当時行ったラットの実験では、『噛む』という動きを支配する脳の『咀嚼野(や)』を電気で刺激すると、マイネルト神経系が活性化して、前頭葉や頭頂葉の血流量が40%も増加しました。
つまり、噛むことによってマイネルト神経細胞が刺激され、脳の血流が増えるというメカニズムが見えてきたのです」(堀田さん・以下同)
噛む“イメトレ”だけでも脳の活性化につながる
さらに興味深い点は、実際に咀嚼せずとも、噛むことを「意識させる」だけで、脳の血流に改善が見られる可能性が示されたことだ。
「筋弛緩薬を投与して筋肉が動かない状態にしたラットの咀嚼野を刺激しても、脳の血流がアップしました。しかも、その際に増加した血流は、実際に筋肉を動かして咀嚼したときと変わらなかった。つまり、実際に咀嚼しなくても“噛もう”とイメージするだけで、脳の血流が増える可能性があるということ。噛むことを考えるだけで脳が活性化し、認知機能の低下を予防できると言えるのではないでしょうか」
イメージするだけで脳を活性化できるとは驚きだが、実際の食事の場面でも「意識づけ」が効果的だという。
噛むことを常に意識しよう
「噛むことを意識づけると脳の血流が増えるのは、スポーツ選手がイメージトレーニングによって身体能力を高めることと同じ原理かもしれません。実際に食事をする際も、ただ何も考えずに噛むのではなく“正しく噛んで食べること”を意識すると、脳にさらなる好影響を与える可能性があります」
正しく噛まないと脳に刺激が届かない
埼玉県の主婦、斎藤知美さん(52才・仮名)が言う。
「子供の頃から親に“ひと口30回噛んで食べなさい”と言われて育ったのがいまも習慣になっています。咀嚼が脳にいいということも知っていましたから、最近はボケ防止のためにガムを持ち歩くようにしてるんです。でも毎日こんなに一生懸命噛んでいるのに、最近は物忘れが激しくて…結局、迷信みたいなものなんでしょうか?」
東陽町歯科医院院長の大谷直さんが語る。
「ものを噛むときは、脳が“司令塔”となってほおや舌、あごといった口まわりの筋肉を動かし、それに肩や頭の筋肉が連動します。簡単な動作に思えるかもしれませんが、咀嚼は多くの筋肉を正しく動かす必要があり、正しく咀嚼することで初めて脳が刺激され、活性化するのです」
「噛む」ときに使う筋肉はこんなにある!
●深部
・口角挙筋
・咬筋
・頬筋
・顎二腹筋
・顎舌骨筋
・胸鎖乳突筋
●浅部
・上唇鼻翼挙筋
・上唇挙筋
・小頬骨筋
・大頬骨筋
・口輪筋
・口角下制筋
・下唇下制筋
・オトガイ筋
・広頸筋