86才、一人暮らし。ああ、快適なり【第38回 生きる工夫】
1960年台半ばに創刊し、才能溢れる著名人、クリエイターを次々起用し話題を呼んだ『話の特集』の編集長を30年にわたり務めた矢崎泰久氏。永六輔さん、中山千夏さんらとも親交が深く、常に世の中の問題を独自の視点で掘り下げ、問題を提起しつづけるジャーナリストとしても活躍中だ。
矢崎氏は現在、86才。数年前から、自ら望み、家族と離れ一人暮らしをしているという。歳を重ねた今、あえて一人で暮らす理由や信念、ライフスタイルなどを寄稿していただいて、シリーズで連載している。
今回のテーマは「生きる工夫」だ。人生を楽しむために矢崎氏がこだわっていることとは…。楽しく生きる極意を教えてもらった。
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食にこだわる1日と決めてみる
朝起きて、念のためスケジュール表を見る。
何もない1日とわかっていても、確認しておかないと落ち着かない。
一人暮らしを始めてから、何もない日がとても楽しい。休日という気分ではなく、自分に与えられた自由な1日と考えることにしている。
それでないと怠惰な1日をぼんやり送ってしまいかねない。そんな1日が思いがけない禍根を残す場合が少なくないのである。
自分の好きなスケジュールを立てる。これが楽しいとわかるまでには多少時間がかかったが、いつの間にか習慣になった。
例えば、「食」にこだわる日と決めて、3食のメニューをデザインしてみる。
まず冷蔵庫の食材を確かめる。保有している物だけで3食作れるかどうか。どんな料理が可能か。もちろん保存食品も参加させる。忘れていた缶詰やレトルトなども動員すれば、多彩な料理が出来上がるかも知れないのだ。
飢えを知っている世代は、食に特別な執着がある。何もなかった時代は我慢どころか、1日1食すら危ない日々を送っている。
だからこそ食にこだわるのである。美味しい食事をしたいという願望が食生活への原点にある。
《【朝】冷凍してるあるパン2片に軽く炒めたベーコンとスライス・チーズを挟み、オーブンでクロック・ムッシューを作る。在り物のレタスとカブにゴマ・ドレッシングをしたサラダ。オニオン・スープに半熟卵を落とす》
《【昼】ソース焼きそば。冷凍してある豚バラ肉を解凍し、玉葱とシンプルに炒める。B級グルメの登場》
《【晩】土鍋でロースト・ビーフを作る。散歩がてら精肉店で選んだ牛肉肩ロース、キャベツとベイリーフ。調味料を吟味して絶品に仕上げる。バターライスを添える》
と、まあこんな具合。料理の合間に読書、テレビ、散歩のいずれかを選択する。
料理を作ることは、私にとって趣味のひとつだから、完成品は最高の出来である。毎食後にコーヒー。あれば少量のデザート。
私の得意料理は、レシピを公開できる範囲で和食、中華、欧風の100点ほど。これは自慢できる。なるべく情報を集めて新しい料理に挑戦するのも楽しみのひとつである。
人間の基本は食にあるから、それを大事にすることは当然のこと。自分で作りながら、料理好きだった母の恩と若い頃の山歩きに感謝している。
つまり少しも面倒ではない。料理を作っている時は、まさに至福の境地にある。
食は「生きる工夫」そのものだが、他に現実と非現実の間を遊泳する空想を楽しむとか、次に何をやるかをあれこれ計画するのもいい。