認知症の人を理解する「何度も同じもことを聞く」ほか5つの行動パターンの理由を専門家が解説
誰もが罹患する可能性がある認知症だが、他人事として捉えず、理解を深める必要がある。その一歩として、認知症の人の視点からものごとを見てみると、意外な誤解や偏見が見えてくるかもしれない。多くの認知症患者に接した経験をもち、『マンガでわかる!認知症の人が見ている世界』がベストセラーとなった理学療法士の川畑智さんに話を聞いた。
理学療法士が語る「認知症の人が見ている世界」
「認知症になると何もわからなくなり、人間の尊厳を失ってしまう」
そんな先入観を持っている人も正直少なくないものだ。
「私が2000年代の初めに通っていた理学療法士の学校でも、『痴呆症(当時)はいろいろなことがわからなくなる病気』と教わりました。実際に認知症の人と接し、『リハビリが前に進まない』とイライラすることもありました」
と、川畑さんは振り返る。その思い込みが覆ったのは、ある認知症の女性と病院で出会ったことだという。
「全然集中できないかたで、『いまいるところはどこ?』と聞いても、まったく聞く耳を持ちません。どうにか注意を向かせようと、ひざを大きく叩きながら『○○さん!ここはどこですか?』と呼びかけると、『ひざ!』と答えたのです。その答えに驚きました。私としては『病院』が正解でしたが、それは単にこちら側の視点で、彼女から見た『ひざ』も、確かに正しい。認知症の人は何もわからない、できない存在だと決めつけていたことに気づかされました」(川畑さん・以下同)
患者の行動には、一人ひとり異なる理由や思いがあることを理解した出来事だった。
「認知という字は、認識(わかる)、知識(知る)と書きますが、認知症とは、わからないのではなく、“誤解しやすく”、知らないのではなく、“曖昧になる”症状のこと。認知症の人は、誤解と曖昧のはざまで揺れ動きながら生活しているんです。当然症状には波があって、起き抜けから午前中は調子がよく、午後になると波が下がっていくのが一般的なパターン。私たちの腰やひざの痛みに波があるのと同じです」
認知症の人が “誤解”と“曖昧”の波の中で生きていることを知らなければ、実際に「理解不能な奇行だ!」と決めつけてしまう行動も多いのだろう。
「痴呆症から認知症へ名称が変わったのが2004年。専門家ですらわからないことが多かった認知症は、進化の途上にある新しい学問と捉えた方がいいと思います」
認知症の人の行動には理由があった
認知症特有の行動を取るときの彼らの心情を聞いた。
「認知症の人の根底には『不安』、そして『周囲に迷惑をかけないよう自立したい』という気持ちがひそんでいます。何度も聞いてしまうのは、忘れることが怖いから。本来、人間には不要な情報を忘れる力がありますが、認知症の人は意外にも、忘却力も失うのです。彼らは、記憶はなくなっても、感情は残ります。不快だった思いだけが心に刻まれ、傷つき、不信感を抱くようになります」
たとえば、認知症の人から「病院に行くのはいつだっけ?」と何度も聞かれたとしよう。私たちは「明日の10時」など、日付や時間を重要と考え、そこを強調したくなるが、認知症の人にとって心を揺さぶられないフレーズは、何度聞いても覚えないのだそうだ。
「小学校時代の同級生の名前は忘れても、怖かった先生の名前は覚えている、それと同じです。『明日の10時』にはメッセージ性がないのです。そんなときは、『ああそうだ、ごめんね、明日だよ。病院が終わったら、ご飯を食べて帰ろうか!』と、用件の前後に、感情に訴えるトッピングをつけ足すと、翌朝『今日は外食よね?』と覚えていたりします。また、『ごめんね』『ありがとう』という挨拶も心を動かします」
認知症が進みやすい人、進みにくい人の違いは?
認知症が進みやすい人、進みにくい人の違いはどこにあるのか?
「進みやすいのは、うつうつとなりやすい人。置き忘れやしまい忘れが続いて、『前はこんなんじゃなかった』と落ち込んでしまい、正常な状態から2か月で認知症に進んでしまった人もいます。
一方、『どうにかなる』と思える人は頼り上手なので、認知症になっても、地域の中で明るく生活できています。私のまわりにも、『もうわからんとやけん、あんたがせなんとよ~』と指図する元気な認知症のおばあちゃんがいますよ(笑い)」
認知症予防のコツはあるのだろうか?
「高血圧、高血糖、運動不足、うつ、難聴などの認知症につながる疾病リスクを減らすことは当然重要ですが、それを除いても100%防ぐ方法は残念ながらありません。
強いて言えば、年を取って苦手なものが増えていくことを鷹揚(おうよう)に受け止め、元気なうちからそれを補う方策を用意しておくことじゃないでしょうか。たとえば、記憶が苦手になりそうなら、一日の予定をなるべく複数入れること。年を取ると、面倒だからと1日に1つしか予定を入れなくなりますから、次の予定を想定しながら行動する習慣をつけておくのです。人と会うのが苦手なら、いまのうちに何らかのコミュニティーに参加して交流を盛んにしておくこと。すでに参加している場所がある人も、いつも同じ人とばかり行動するのではなく、新しい出会い、新しい場所、新しいことにチャレンジするのが、認知機能の維持・向上に役立ちます」
「どうにかなる」の精神で、認知症をいたずらに恐れないことが、対策の第一歩だ。