兄がボケました~認知症と介護と老後と「18回 意思の弱さでしょうか」
若年性認知症を発症した兄と長年二人暮らしをしてきたライターのツガエマナミコさん。兄は昨年特別養護老人ホームに入所し、ようやく自分一人の時間を持つことができるようになったマナミコさんが、最近の近況と心境を綴ります。
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なかなかテレビが消せません
兄が家にいたころは、テレビは兄の物でございました。わたくしは兄と距離を置きたくて、自室に閉じこもりYoutubeばかり観ておりました。テレビを観るのは食事時ぐらいでバラエティもドラマも全く見ていなかったといっても過言ではございません。
友人に「今季のドラマは何観てる?」と聞かれても「何にも観てない」と言い続けた5~6年間。それでも何も困らなかったですし、そこにストレスはありませんでした。
ああ、それなのに、今のツガエときたら1日の多くをテレビ鑑賞に使っております。
一度点けてしまうと、なかなか消すことができないのでございます。
兄が特別養護老人ホームに入所して7か月。その間に徐々にテレビの視聴時間が長くなってまいりました。「ドラマなんて観なくても平気」と自負しておりましたのに、今や夜は月曜から日曜まで毎日ドラマを観ております。その時間に合わせてお風呂に入ったり、仕事を終わらせたりするようになり、テレビの見過ぎを自覚しております。
ドラマだけではございません。朝の情報番組も昼のバラエティもチャンネルを変えながらダラダラ観続けてしまい、「ああもうこんな時間だ」となることのなんと多いことか。
兄が家にいたころの方が圧倒的に自分の時間は少なかったのに、同じ量の仕事に以前より追われているのは、いったいどういうことなのか。テレビを消せないツガエの意思の弱さとしか思えません。
最近はNHKのEテレのような子供でも分かる教養番組を途中で消すことができません。美術館で絵画を鑑賞する番組や、小学生の算数や理科などの問題を解いていく番組がわたくしの頭脳にはちょうど良いです。ぐっとくるのは最後まで答えを明示しないこと。「君の答えは何だった?」的な問いで番組が終わるので、モヤモヤが残りつつ「教育ってこれだよね」と感動してしまうのでございます。
そんなツガエが最近購入したのが『天才!!ひまつぶしドリル』(学研プラス)でございます。対象年齢は小学3、4年生から大人までで、パズル感覚の問題が100問入ったオールカラー本でございます。今のところ、ひまつぶしのひまがなく、15問目でストップしております。ですが頭の体操になる問題ばかりで、作問者の天才ぶりを讃えずにはいられません。もし小学生でこれに出会っていたら、わたくしも算数好きになっていたかもしれないと、タラレバの妄想も咲き乱れる春でございます。
さて、今週も兄の面会に行ってまいりました。
差し入れのプリンを食べてもらいましたが、手がだんだん動かなくなっているようでした。かろうじて右手でスプーンを握るものの、左手は膝の上から動かず、プリンを持たせようとしましたけれど無理そうでした。なのでスプーンのある方へわたくしがプリンを持っていき、すくえるようにプリンの方を動かす作戦を実行。なんとかすくって(すくわせて)こぼさずに口に運んでくれただけで、わたくしは大満足。「おいしい?」と聞くと「うん、まあね」と言い、スプーンを何度も舐めてご満悦のようでした。
いつものようにわたくしが手を握って歌を歌うと、リズムに合わせて力強く握り返してくれて、幸せな気持ちにさせてくれました。昨日は「春の小川」や「春よ来い」など季節にちなんだ童謡を中心にお届けしました。でも2番以降の歌詞がわからないので1番を3回歌って笑ってごまかすという体たらく。次回までにはフルコーラスの歌詞を頭に叩き込む所存でございます。
暖かくなってきたので、そろそろ外に出るのもありかな~と思っております。お許しがもらえれば、車いすを押して施設の周りを一周したい。ま、兄が喜ぶかどうかはわかりませんが、わたくしの勝手な思いでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ