兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第90回 ようこそ!要介護認定調査員さま】
57才のときに若年性認知症を発症した兄は、このところ症状がかなり進行してきている様子で、排泄のトラブルなどが頻発。一緒に暮らす妹のツガエマナミコさんは、しばらく様子をみていたが、先日、ついに地域包括支援センターに相談へ。早速、要介護認定調査員がやってきた…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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要介護認定調査員がドン引き!?
くしゃみ、鼻水、鼻づまり、目の痒み、喉の痒みと闘っているベテラン花粉症マイスターのツガエでございます。わたくしがくしゃみを連発すると、兄は薬箱を開けて風邪薬を探してくださいます。この上なく優しい兄。けれども、そのたびに「花粉症なの。風邪じゃないから大丈夫」と何十回も答えていることに彼は気づいておらず、疲れ果てた春でございます。
先日、地域包括支援センターで要介護認定の申請をしたので、ほどなくして区役所から「〇月〇日伺ってもよろしいでしょうか?」と電話があり、いよいよ介護認定調査員さまがやってまいりました。
歳の頃なら50歳前後の小柄な女性でございました。
チェック項目の書かれた用紙を取り出し、ひとつひとつ質問しながら結果を記入していらっしゃいました。全部で50項目ぐらいあったでしょうか。兄はお客さんに愛想がいいことで定評がございます。長年の接客業で身についたナチュラルな笑顔で応答しておりました。
わたくしの見解では、満足に応えられたのは名前と生年月日だけでございます。年齢も言えなかったので、横からわたくしが「20歳かな?30歳ぐらい?だいたい何歳だっけ?」と言うとわたくしの「30歳」という言葉に引っ張られたように「30歳ちょっと超えたぐらいかな」とのたまいました。
わたくしは「あ~あ、そこまで遡ったか~」とがっかりし、一瞬、先日対面したばかりの新しい主治医・財前(仮名)先生の顔が浮かびました。やみくもに薬を増やすのは嫌だけれど、あの先生がおっしゃるようにもう10mg錠のレベルなのかもれません。
その後、「着替えができますか?」「お風呂は入れますか?」「歯は磨けますか?」「顔を洗えますか?」といった質問に、兄はことごとく「はい。できます」「やってます」と虚偽の答弁。
何日も着替えない、入浴もせず、歯を磨いたり、顔を洗ったりしているのを見たことがないとわたくしが訂正すると、「何日間ぐらい着替えていませんか?」と訊き、「1週間ぐらいですか?」「え?1カ月?1カ月間朝も夜も着っぱなし?」とたいそう驚き、ドン引きしていらっしゃいました。
排泄が何回ぐらいあるかという質問項目もあったので、ついでにコップにオシッコ事件もお話ししたら、さらにドン引きされました。
まぁ、わたくしは麻痺しておりますが、一般の方は逃げ出したくなるレベルだとは思います。
足を上げたり、腕を上げたりする身体的な確認と、生活面での困りごとなどを訊かれましたが、被害妄想的な物盗られ発言もなく、外に出てしまうこともないと答えると、そろそろ調査も終盤。
「介護保険サービスを使いたいですか?」と質問され、わたくしが「はい」と答えると、「どんなサービスを使いたいですか?」と訊かれてしまいました。
「家でテレビを観ることしかしていないので運動や、入浴はお願いしたいです。家にいるとわたくし以外と接しないので、もっといろんな人と話して刺激があったほうがいいと思っています」と言うと、「なるほど」とペンを走らせ、
「では、調査はこれで終わります。1~2か月すると調査結果が送られてくると思いますのでサービスをご利用の場合は、また改めて区役所にご相談ください」
それで終わりでございました。
お見送りがてら、エントランスまで行き、兄のいないところでベランダの立ち小便や深夜の脱糞事件もお話ししましたが、判定に反映されるかどうか。身体が元気なうちはせいぜい要介護1。もしかすると要支援判定になる可能性もございます。
調査員さまも、なんとなく慣れていないご様子で、質問をして答えを記入することに一生懸命なのがわかり、すこしがっかりいたしました。行政の力に期待する反面、大した救いがないこともあり得ると覚悟いたしました。
そしてその翌朝、なんと第2回脱糞事件が勃発したのでございます。
つづく。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ